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第二部 獣人武闘祭

第314話(アニー視点)

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「フォルスさん、プロレスラーの才能ありますよ。体さえ元気なら、一緒にタッグを組んで、『パワー・オブ・ゴリラ』のリングに上がりたいくらいです」

「そうかい。ありがとう。それができたら、どんなに楽しいだろうねえ……」

 フォルスさんは、微笑みを浮かべたまま、静かに目を閉じる。
 私は、なんだか悲しくなって、涙が出そうになった。

「それにしてもあんた、この前酒場で会った時とは、随分印象が違うね。雰囲気もそうだが、喋り方なんか、完全に別人じゃないか」

「こっちが素なんです。私、本当はそんなに気が強くなくて、荒事だって苦手です。だからあの時は、フォルスさんに気圧されないように、このマスクをかぶって、恐れを知らない女傑、ミス・マウンテンゴリラになりきったんです」

 私はミス・マウンテンゴリラのマスクを取り出し、軽く手に掲げた。

「なるほどね。人は皆、何かのマスク――仮面をかぶって生きている。あんたもまた、猛々しい仮面で心を覆い、強くあろうとしているわけか。いつまでも、続けられるといいね。素の自分を隠して、仮面をかぶり続けるのは、けっこう疲れるもんだからね」

「はい……」

「私も、マフィアお抱えの殺し屋という仮面をかぶり続けるのに、少し疲れた。信じないかもしれないが、私だって、本当はそんなに気が強い方じゃないんだ。フォルス・リターナーの素顔は、どこにでもいる、ただの田舎娘さ。それが、男物のスーツなんか着て、一端の筋者を気取ってたんだから、笑える話だ。いや、笑えない話かな……」

 そこで、話が切れた。
 しばしの沈黙の後、私は、尋ねる。

「あの、これから、どうするんですか?」

「故郷にね……帰ろうと思ってる。親父は飲んだくれ、お袋は立ちんぼ、家は雨漏りだらけと、碌な思い出もない町だが、もう死ぬとなったら、あんな所でも懐かしくてね」

「そうですか……」

「さて、頭の痛みも若干マシになったし、そろそろ帰るとするか」

 フォルスさんは、よろよろと立ち上がると、ドアに向かって歩き出す。

 足取りはおぼつかないのに、その背中は毅然としていて、手を貸すことが、逆に失礼に思えた。私の隣を通り過ぎる時、フォルスさんは、軽く私の肩を叩いた。

「じゃあね、可愛いゴリラさん」

 私は、涙をこらえて、言った。

「フォルスさんのチャイナドレスも、可愛かったですよ」

 フォルスさんは、こちらを振り返らずに、言った。

「馬鹿言ってんじゃないよ」

 入口付近の鏡に映る、照れたようなその顔は、本当に可愛かった。
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