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第二部 獣人武闘祭
第300話(フォルス視点)
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「おい、フォルス。おめえ、あれ、やらなくていいのか?」
西方選手控室。
ボスが長椅子に腰かけながら、私に向かって、言った。
「あれって、なんですかい?」
「ほら、あれだよ、あれ、うぉー、うぉーむ、うぉーむる……」
「ウォーミングアップ、ですかい?」
「おお、それそれ。ウォーミングアップだよ。格闘家ってやつは、試合前に、皆やるんだろ?」
「私は格闘家じゃなくて、殺し屋ですよ」
「馬鹿、知ってるよ。そういうことじゃねえ。運動する前は、体温めた方がいいっつってんだ」
「お気遣いはありがたいんですが、私は、他の連中みたいに摂生してるわけじゃありませんからね。今から動いたら、試合中に疲れちまいますよ。くくっ」
「それもそうか」
ボスは、とりあえず納得したように視線を外し、特注のパステルスーツの胸ポケットから、タバコを取り出す。
「おい、火」
近くにいた部下にそう言うと、部下はライターを用意した。
それを、大会係員が、怯えた目で、何か言いたそうに眺めている。
ボスが、その視線に気づいた。
「ん? 兄ちゃん。どうした?」
係員は、びくりと身を竦ませて、何かを言おうとするが、緊張で喉がひりつき、声が出ないらしい。聞こえてくるのは、「ひぃっ、ひぃっ、ひぃっ」という、嗚咽に似た呻きだけだ。
ボスは、部下に言った。
「おい、水か何か、飲ませてやんな」
部下は流しで水を汲み、係員に飲ませてやった。係員は、喉は潤ったはずなのだが、それでもやっとやっとという感じで、言葉を紡ぐ。
「あ、あ、あ、あの……申し訳ないのですが……ここ……禁……煙……です……」
空気が、凍り付いた。
数秒間、時間が止まる。
係員の男は、今にも泣きだしそうだ。
ボスは大声で笑いだした。
「あっはっはっはっは! そうか! 禁煙か! こりゃ悪かった! あははははは!」
「やれやれ、壁にちゃんと『禁煙』って貼ってあるでしょうに」
「まったく、最近はどこもかしこも禁煙で、肩身が狭いったらありゃしねえな」
「くくっ、時代の流れですよ」
私は、時計を見る。
おっと、そろそろ7時だね。
それじゃ、行くとしますか。
「おっ、もう出番か。楽しんでこいよ、フォルス」
「ええ。……しかしボス、この、私の衣装。他に何とかならなかったんですかい?」
入口のドア近くに置いてあった鏡を見て、私はため息をつく。
鏡の中には、丈の短いチャイナドレスを着た、目つきの悪い女が立っていた。
「いいだろ。一流ブランドの、特注品だぜ」
「へえ、そうなんですか。うちで経営してるイメクラから借りてきたのかと思いましたよ」
「馬鹿、イメクラの衣装とは、生地が違うよ、生地が。頑丈で良く伸びる、すぐれもんだぜ」
「ま、確かに動きやすいことは、動きやすいですね」
「良く似合ってるぜ。おめえ、べっぴんなんだから、もっとそういう服、普段から着りゃいいのによ」
「ガラじゃないですよ」
私は、ドアを開けた。
西方選手控室。
ボスが長椅子に腰かけながら、私に向かって、言った。
「あれって、なんですかい?」
「ほら、あれだよ、あれ、うぉー、うぉーむ、うぉーむる……」
「ウォーミングアップ、ですかい?」
「おお、それそれ。ウォーミングアップだよ。格闘家ってやつは、試合前に、皆やるんだろ?」
「私は格闘家じゃなくて、殺し屋ですよ」
「馬鹿、知ってるよ。そういうことじゃねえ。運動する前は、体温めた方がいいっつってんだ」
「お気遣いはありがたいんですが、私は、他の連中みたいに摂生してるわけじゃありませんからね。今から動いたら、試合中に疲れちまいますよ。くくっ」
「それもそうか」
ボスは、とりあえず納得したように視線を外し、特注のパステルスーツの胸ポケットから、タバコを取り出す。
「おい、火」
近くにいた部下にそう言うと、部下はライターを用意した。
それを、大会係員が、怯えた目で、何か言いたそうに眺めている。
ボスが、その視線に気づいた。
「ん? 兄ちゃん。どうした?」
係員は、びくりと身を竦ませて、何かを言おうとするが、緊張で喉がひりつき、声が出ないらしい。聞こえてくるのは、「ひぃっ、ひぃっ、ひぃっ」という、嗚咽に似た呻きだけだ。
ボスは、部下に言った。
「おい、水か何か、飲ませてやんな」
部下は流しで水を汲み、係員に飲ませてやった。係員は、喉は潤ったはずなのだが、それでもやっとやっとという感じで、言葉を紡ぐ。
「あ、あ、あ、あの……申し訳ないのですが……ここ……禁……煙……です……」
空気が、凍り付いた。
数秒間、時間が止まる。
係員の男は、今にも泣きだしそうだ。
ボスは大声で笑いだした。
「あっはっはっはっは! そうか! 禁煙か! こりゃ悪かった! あははははは!」
「やれやれ、壁にちゃんと『禁煙』って貼ってあるでしょうに」
「まったく、最近はどこもかしこも禁煙で、肩身が狭いったらありゃしねえな」
「くくっ、時代の流れですよ」
私は、時計を見る。
おっと、そろそろ7時だね。
それじゃ、行くとしますか。
「おっ、もう出番か。楽しんでこいよ、フォルス」
「ええ。……しかしボス、この、私の衣装。他に何とかならなかったんですかい?」
入口のドア近くに置いてあった鏡を見て、私はため息をつく。
鏡の中には、丈の短いチャイナドレスを着た、目つきの悪い女が立っていた。
「いいだろ。一流ブランドの、特注品だぜ」
「へえ、そうなんですか。うちで経営してるイメクラから借りてきたのかと思いましたよ」
「馬鹿、イメクラの衣装とは、生地が違うよ、生地が。頑丈で良く伸びる、すぐれもんだぜ」
「ま、確かに動きやすいことは、動きやすいですね」
「良く似合ってるぜ。おめえ、べっぴんなんだから、もっとそういう服、普段から着りゃいいのによ」
「ガラじゃないですよ」
私は、ドアを開けた。
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