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第156話

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 私はユーゲンスのそばにしゃがみ込み、脈をとる。……今のユーゲンスの姿を見れば、即死したことはすぐにわかるが、それでも、脈をとった。

 当然、脈はなかった。

 私は、いまだにショートアッパーを放った姿勢のまま固まっているエリスを見上げ、首を振る。

「……決着はついたわ。エリス、あなたの勝ちよ」

 エリスは、まだ動きを止めたままだった。
 私は再び、ユーゲンスを見る。

 ユーゲンスは、不思議な顔で、こと切れていた。

 先程述べた通り、顎は潰れ、首は伸び、無残と言えば無残な死体なのだが、ユーゲンスは、笑っているのだ。嬉しそうに、幸せそうに、そして、満足げに……

 エリスは、まだ動かない。
 その、動かないエリスに、私は言う。

「ユーゲンスさん、笑ってるわ。……きっと、嬉しかったのね。最後に、『伝統』とか、『血族』とか、そういうしがらみをすべて忘れて、あなたに、自分の人生そのものである『秘拳』を伝授することができて」

 エリスは、まだ動かない。
 私はまだ、喋り続ける。

「そして、ノッドルさんを殺した罪を、あなたに罰してもらえたことで、やっと楽になれたんだと思う。だからエリス、あなたも今日のことを、重荷に思わないでね……」

 エリスは、まだ動かない。
 固まった姿勢のまま、エリスは、落日を眺めている。

 その、真っ赤な落日が、エリスの瞳から零れ落ちた涙を深紅に光らせた。

 それはまるで、血涙のようであった。





 翌日の、朝。

 私はエルフの里を後にし、街道を歩いている。

 隣に、エリスはいない。

 一人だ。

 ……エリスは、ユーゲンスの遺体を埋葬し、マッギロウと共に、里に残った。

 エルフには、親族の死を弔う独特の慣習がある。
 一年間、外界との接触を断ち、エルフの里にて、近親者のみで喪に服すのだ。

 エリスは義父の仇を探すため、その慣習を後に回し、エルフの里を飛び出した。
 そして今、敵討ちが終わったことで、正式に義父の死に対して、喪に服すのだ。

 喪に服すのは、義父の為だけではない。
 祖父――ユーゲンスの死に対してもだ。

 悲しい結末になってしまったが、エリスはユーゲンスを愛していたし、ユーゲンスもまた、エリスを孫として可愛がっていた。……エルフの『血の掟』に従い、戦いを避けることはできなかったが、それでも二人は、家族だった。だからエリスは、義父の仇であるユーゲンスの魂も弔うのだ。
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