130 / 389
第130話
しおりを挟む
しかし、エリスの優位は動かない。
男の背筋力はなかなかで、ブリッジのたびにエリスの体はかすかに浮き上がるが、それでもエリスはロデオのように男を乗りこなし、マウントポジションを保ったままだ。
そしてエリスは、右の拳に魔力を込めた。
アクアブルーのオーラが揺らめく、濃密な『魔拳』
それが、今まさに男の顔面に打ちおろされようとする。
恐らく男は、死を覚悟したことだろう。
「ひぃっ」と悲鳴を上げ、ぎゅっと目をつむった。
だが、エリスの『魔拳』は、男の眉間から5mmのところで、ピタリと静止していた。エリスはそのまま、穏やかな声で、男に問いかける。
「今ので決着がついたと思いますが、いかがでしょうか?」
男は、真っ青な顔で何度も頷き、震える唇で「ま、参った。ギブアップだ」とつぶやいた。それを受け、エリスは微笑み、男の上からどくと、彼の手を引き、体を起こしてあげた。
それで、優勝が決まった。
試合が始まってから、48秒しか経っていなかった。
・
・
・
私の隣で両腕を組んでいるストッフェンが、目を皿のように見開いて、言う。
「今のは、なんでしょう?」
私は、リングからストッフェンの方に顔を向けて、問い返す。
「今の、とは?」
「彼女の見せた、馬乗りの姿勢のことです。私は最初、組み付かれ、取っ組み合いの中で、勢い余って彼女が彼の上に乗っかってしまったのかと思いましたが、よくよく考えると、そうではない。彼女は倒された時から、馬乗りになることを狙っていたように思える……」
さすがは、『エルフ式魔術ボクシング協会』の会長だ。グラウンド――寝技の攻防に関する知識はほとんどないだろうが、それでも、エリスのしたことを、なんとなく感覚で理解しているに違いない。
私は頷きながら、答える。
「その通りです。エリスはタックルを仕掛けられた瞬間、倒されることは回避できないと思い、すぐさま作戦を切り替えました。倒されながら、相手の腰に足を絡ませ、その後は、『勝った!』と思って油断した相手の隙を突き、お互いの上下を入れ替え、マウントポジションという有利な姿勢を作ったんです」
「しかしそれは、レスリングや柔術などで使われる、寝技の攻防の一種でしょう? 少なくとも『エルフ式魔術ボクシング』の教本にはないテクニックです。なぜ彼女は、そんな……」
男の背筋力はなかなかで、ブリッジのたびにエリスの体はかすかに浮き上がるが、それでもエリスはロデオのように男を乗りこなし、マウントポジションを保ったままだ。
そしてエリスは、右の拳に魔力を込めた。
アクアブルーのオーラが揺らめく、濃密な『魔拳』
それが、今まさに男の顔面に打ちおろされようとする。
恐らく男は、死を覚悟したことだろう。
「ひぃっ」と悲鳴を上げ、ぎゅっと目をつむった。
だが、エリスの『魔拳』は、男の眉間から5mmのところで、ピタリと静止していた。エリスはそのまま、穏やかな声で、男に問いかける。
「今ので決着がついたと思いますが、いかがでしょうか?」
男は、真っ青な顔で何度も頷き、震える唇で「ま、参った。ギブアップだ」とつぶやいた。それを受け、エリスは微笑み、男の上からどくと、彼の手を引き、体を起こしてあげた。
それで、優勝が決まった。
試合が始まってから、48秒しか経っていなかった。
・
・
・
私の隣で両腕を組んでいるストッフェンが、目を皿のように見開いて、言う。
「今のは、なんでしょう?」
私は、リングからストッフェンの方に顔を向けて、問い返す。
「今の、とは?」
「彼女の見せた、馬乗りの姿勢のことです。私は最初、組み付かれ、取っ組み合いの中で、勢い余って彼女が彼の上に乗っかってしまったのかと思いましたが、よくよく考えると、そうではない。彼女は倒された時から、馬乗りになることを狙っていたように思える……」
さすがは、『エルフ式魔術ボクシング協会』の会長だ。グラウンド――寝技の攻防に関する知識はほとんどないだろうが、それでも、エリスのしたことを、なんとなく感覚で理解しているに違いない。
私は頷きながら、答える。
「その通りです。エリスはタックルを仕掛けられた瞬間、倒されることは回避できないと思い、すぐさま作戦を切り替えました。倒されながら、相手の腰に足を絡ませ、その後は、『勝った!』と思って油断した相手の隙を突き、お互いの上下を入れ替え、マウントポジションという有利な姿勢を作ったんです」
「しかしそれは、レスリングや柔術などで使われる、寝技の攻防の一種でしょう? 少なくとも『エルフ式魔術ボクシング』の教本にはないテクニックです。なぜ彼女は、そんな……」
12
お気に入りに追加
3,201
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
聖女として全力を尽くしてまいりました。しかし、好色王子に婚約破棄された挙句に国を追放されました。国がどうなるか分かっていますか?
宮城 晟峰
ファンタジー
代々、受け継がれてきた聖女の力。
それは、神との誓約のもと、決して誰にも漏らしてはいけない秘密だった。
そんな事とは知らないバカな王子に、聖女アティアは追放されてしまう。
アティアは葛藤の中、国を去り、不毛の地と言われた隣国を豊穣な地へと変えていく。
その話を聞きつけ、王子、もといい王となっていた青年は、彼女のもとを訪れるのだが……。
※完結いたしました。お読みいただきありがとうございました。
追放された魔女は、実は聖女でした。聖なる加護がなくなった国は、もうおしまいのようです【第一部完】
小平ニコ
ファンタジー
人里離れた森の奥で、ずっと魔法の研究をしていたラディアは、ある日突然、軍隊を率いてやって来た王太子デルロックに『邪悪な魔女』呼ばわりされ、国を追放される。
魔法の天才であるラディアは、その気になれば軍隊を蹴散らすこともできたが、争いを好まず、物や場所にまったく執着しない性格なので、素直に国を出て、『せっかくだから』と、旅をすることにした。
『邪悪な魔女』を追い払い、国民たちから喝采を浴びるデルロックだったが、彼は知らなかった。魔女だと思っていたラディアが、本人も気づかぬうちに、災いから国を守っていた聖女であることを……
【完結】大聖女は無能と蔑まれて追放される〜殿下、1%まで力を封じよと命令したことをお忘れですか?隣国の王子と婚約しましたので、もう戻りません
冬月光輝
恋愛
「稀代の大聖女が聞いて呆れる。フィアナ・イースフィル、君はこの国の聖女に相応しくない。職務怠慢の罪は重い。無能者には国を出ていってもらう。当然、君との婚約は破棄する」
アウゼルム王国の第二王子ユリアンは聖女フィアナに婚約破棄と国家追放の刑を言い渡す。
フィアナは侯爵家の令嬢だったが、両親を亡くしてからは教会に預けられて類稀なる魔法の才能を開花させて、その力は大聖女級だと教皇からお墨付きを貰うほどだった。
そんな彼女は無能者だと追放されるのは不満だった。
なぜなら――
「君が力を振るうと他国に狙われるし、それから守るための予算を割くのも勿体ない。明日からは能力を1%に抑えて出来るだけ働くな」
何を隠そう。フィアナに力を封印しろと命じたのはユリアンだったのだ。
彼はジェーンという国一番の美貌を持つ魔女に夢中になり、婚約者であるフィアナが邪魔になった。そして、自らが命じたことも忘れて彼女を糾弾したのである。
国家追放されてもフィアナは全く不自由しなかった。
「君の父親は命の恩人なんだ。私と婚約してその力を我が国の繁栄のために存分に振るってほしい」
隣国の王子、ローレンスは追放されたフィアナをすぐさま迎え入れ、彼女と婚約する。
一方、大聖女級の力を持つといわれる彼女を手放したことがバレてユリアンは国王陛下から大叱責を食らうことになっていた。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
私は聖女(ヒロイン)のおまけ
音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女
100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女
しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。
妹と寝たんですか?エセ聖女ですよ?~妃の座を奪われかけた令嬢の反撃~
岡暁舟
恋愛
100年に一度の確率で、令嬢に宿るとされる、聖なる魂。これを授かった令嬢は聖女と認定され、無条件で時の皇帝と婚約することになる。そして、その魂を引き当てたのが、この私、エミリー・バレットである。
本来ならば、私が皇帝と婚約することになるのだが、どういうわけだか、偽物の聖女を名乗る不届き者がいるようだ。その名はジューン・バレット。私の妹である。
別にどうしても皇帝と婚約したかったわけではない。でも、妹に裏切られたと思うと、少し癪だった。そして、既に二人は一夜を過ごしてしまったそう!ジューンの笑顔と言ったら……ああ、憎たらしい!
そんなこんなで、いよいよ私に名誉挽回のチャンスが回ってきた。ここで私が聖女であることを証明すれば……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる