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第130話

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 しかし、エリスの優位は動かない。

 男の背筋力はなかなかで、ブリッジのたびにエリスの体はかすかに浮き上がるが、それでもエリスはロデオのように男を乗りこなし、マウントポジションを保ったままだ。

 そしてエリスは、右の拳に魔力を込めた。
 アクアブルーのオーラが揺らめく、濃密な『魔拳』

 それが、今まさに男の顔面に打ちおろされようとする。

 恐らく男は、死を覚悟したことだろう。
「ひぃっ」と悲鳴を上げ、ぎゅっと目をつむった。

 だが、エリスの『魔拳』は、男の眉間から5mmのところで、ピタリと静止していた。エリスはそのまま、穏やかな声で、男に問いかける。

「今ので決着がついたと思いますが、いかがでしょうか?」

 男は、真っ青な顔で何度も頷き、震える唇で「ま、参った。ギブアップだ」とつぶやいた。それを受け、エリスは微笑み、男の上からどくと、彼の手を引き、体を起こしてあげた。

 それで、優勝が決まった。
 試合が始まってから、48秒しか経っていなかった。





 私の隣で両腕を組んでいるストッフェンが、目を皿のように見開いて、言う。

「今のは、なんでしょう?」

 私は、リングからストッフェンの方に顔を向けて、問い返す。

「今の、とは?」

「彼女の見せた、馬乗りの姿勢のことです。私は最初、組み付かれ、取っ組み合いの中で、勢い余って彼女が彼の上に乗っかってしまったのかと思いましたが、よくよく考えると、そうではない。彼女は倒された時から、馬乗りになることを狙っていたように思える……」

 さすがは、『エルフ式魔術ボクシング協会』の会長だ。グラウンド――寝技の攻防に関する知識はほとんどないだろうが、それでも、エリスのしたことを、なんとなく感覚で理解しているに違いない。

 私は頷きながら、答える。

「その通りです。エリスはタックルを仕掛けられた瞬間、倒されることは回避できないと思い、すぐさま作戦を切り替えました。倒されながら、相手の腰に足を絡ませ、その後は、『勝った!』と思って油断した相手の隙を突き、お互いの上下を入れ替え、マウントポジションという有利な姿勢を作ったんです」

「しかしそれは、レスリングや柔術などで使われる、寝技の攻防の一種でしょう? 少なくとも『エルフ式魔術ボクシング』の教本にはないテクニックです。なぜ彼女は、そんな……」
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