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第93話

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「たとえば、『魔拳』のフックで顎を左右から打ち抜けば、強烈な脳震盪を起こして、気絶させられるわよね。その隙に拘束してしまえば、別に殺さなくてもあいつを無力化できたわ。それにあいつ、『あの人』がどうとか、『成功例』がどうとか、気になることを言ってたし、生け捕りにして、尋問すべきだったのかもしれない……」

「…………」

「それなのに、私ったら、みっともなく理性を失って、ゴブリンに負けないくらい残虐な戦い方をした挙句、何も聞きださずにあいつを殺した。すぐに精神を乱すのは未熟者の証。あなたに対して普段から偉そうなことを言ってるわりに、自分はこのザマ。『お師匠様』が聞いて呆れるわ。最近は、日常生活でもあなたに甘えっぱなしで……」

 そう言って、グチグチと自分を責める私の言葉を、エリスはピシャリと遮る。

「いえ、これでよかったんですよ、お師匠様。確かに『魔拳』で意識を奪うことはできたでしょうが、あれほどの膂力の持ち主を拘束するというのは、簡単なことじゃありません。普通のロープ程度じゃ、すぐ引きちぎられてしまいますからね。だいたい、女の人たちを奴隷にしていた最低の奴です。多少は残虐な戦い方をしても、罪にはなりませんよ」

「エリス……」

「何より、奴はまだまだ手の内を見せていませんでしたから、あのまま戦っていたら、こちらの思いもよらないような方法を使ってきて、私たちは窮地に陥ったかもしれませんし、あるいは、奴に逃げられていた可能性もある。だから、倒せるときに倒しておいたお師匠様の判断は、絶対に間違っていません。それに……」

「それに?」

「子供を攫ってきて、拷問の道具にするようなことを言う奴を、一秒だって生かしておいていいはずがありません。だから、これで良かったんですよ」

「うん……エリス、ありがとね……あなたって、良い子ね……」

「恐縮です」

「なんか、ホッとしたら、ちょっと眠くなってきちゃった……このまま、寝ちゃってもいい……?」

「もちろん」

 そして私は瞳を閉じ、エリスの背中に全身を預けた。『魔闘身』で強化された身体能力のおかげで、私の全体重を寄せてもエリスの背はびくともせず、実に頼もしい。

 なんだか、子供の頃に戻ったような気分だ。

 私は安心した気持ちでエリスの背に寄り添い、そのまま、無遠慮に眠る。ひさしぶりの労働で疲れた体は、たちまちのうちに、深いまどろみの中に落ちて行くのだった。
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