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第58話

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 私は、立ったまま足を180度開脚し、股関節を伸ばしながら答える。

「それで構わないわ。眼球や脊髄への攻撃はどうする?」

「有りでいいだろう。俺は目突きを食らうようなノロマではないし、それは、お前も同じはずだ」

「まあね」

 そこで会話は終わり、ラジアスは剣を置いて、鎧を脱ぎ去った。
 中から現れたのは、古代彫刻のような、惚れ惚れとする上半身だった。

 どこか一部分だけが、極端に太いとか、細いとか、そういうことがなく、僧帽筋、三角筋、上腕二頭筋、上腕三頭筋、大胸筋――他にも、ありとあらゆる筋肉が均一に、美しく盛り上がっている。さすがは勇者。まさに闘士の理想とでもいうべき、見事な肉体である。

 優れた肉体には、ただそれだけで相手を圧倒する効果がある。
 私は、ラジアスの体にやや気圧されながら、あえて強気な発言をする。

「別に、鎧をつけたままでも良かったのに」

「俺が勝った後、『鎧を着てたから勝てたんだ』と言われるのは嫌だからな」

「自信満々ね。もう勝った気でいるんだ?」

「戦いというものは、誰もが勝つ気でやるものだろう? 最初から『負けるかもしれない』と思っているような情けない奴には、そもそも戦いの場に立つ資格などない」

「それもそうね。……ねえ、これは別に、挑発して言うわけじゃないけど、剣、使ってもいいわよ。あなた、素手よりも剣の方が本職でしょ?」

「気遣い無用だ。お前が素手なのだから、俺も素手でやる。それに、勇者は武芸百般に通じているからな。素手での戦いも、剣術とまったく変わらぬレベルでこなすことができる。お前も知っているだろう」

 その通りだった。

 かつて、魔王軍の策略で、武器を持っていない状態のラジアスが、いきなり巨大なオーガに襲われたことがあったが、ラジアスは焦ることもなく、オーガの側頭部に蹴りを打ち込んで、丸太のようだった太い首を、へし折ってしまったのである。その凄まじい蹴りが、今から私の頭めがけて飛んでくると思うと、かすかに体が震えた。

 そんな私に、ラジアスは怪訝そうな顔を向け、言う。

「おい、どうした?」

 しまった。
 戦いを前にして、震えているところを見られた。
 これでは侮られ、精神的に優位に立たれててしまう。

 そう思ったが、ラジアスの顔に浮かんだのは、嘲りの笑いではなく、不気味なものを見るような、困惑の表情だった。ラジアスは先程の私と同じく、やや気圧されたように、言葉を続ける。

「……不気味な奴だ。お前、これから死闘をするというのに、何故笑っている?」

 笑っている?
 私が?
 嘘でしょ?

 いや、だが、ラジアスはこんな時に、嘘をついて相手を惑わすような性格ではない。自分の実力に絶対の自信があるから、この男は、余計な小細工をしないのだ。

 荒野に鏡などあるはずがないので確認できないが、ラジアスが『笑っている』と言うのだから、私は笑っているのだろう。……死闘を前にして、にやにやと笑う自分の顔を想像し、私自身、確かに不気味だと思った。

 気がつけば、体の震えは収まっていた。どうやら、長々と続く恐怖や緊張の震えではなく、ただの武者震いだったらしい。私は一度だけ深呼吸し、ラジアスに問いかけた。

「おしゃべりはここまでにして、そろそろ始めましょうか?」

 ラジアスは、答えた。

「ああ」

 そして、死闘が始まった。
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