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第56話

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 黙り込んでしまった私を見て、ラジアスは満足げに言葉を続ける。

「お前は今、『こちらにとって、何の得にもならない』と言ったが、そうでもないぞ。もしもお前が勝ったら、俺はもう二度とお前を勇者パーティーに勧誘したりしないと約束する。そして、迷惑料として、手持ちの現金をすべて払ってやる」

「…………」

「どうだ? お前が勝てば、俺と縁が切れ、大金が手に入る。負けても、給料は三倍で、名誉ある勇者パーティーに戻れる。どっちに転んでも、悪い話ではあるまい?」

 私はしばし考え、やれやれという感じでため息を漏らす。

「ほんと、強引ね。なんでも自分一人でどんどん決めていっちゃうんだから。世の中には、あなたみたいな俺様タイプが好きって女の子も結構いるけど、ハッキリ言って私、強引な男も、俺様タイプも、どっちも苦手なのよね」

「気が合うな。俺もお前のように気の強い女は好きじゃない。あくまでビジネスパートナーとして、お前が欲しいだけだ」

 私は、黙った。
 ラジアスも、もう何も言わなかった。

 私とラジアスの間に、静かではあるが、緊迫した空気が張り詰める。

 そして私は、口を開いた。

「……わかった、やるわ」

「それでこそ聖女ディーナだ。その闘志と、戦いに対する誠実さには、敬意を表しておこう」

「そりゃどうも。ねえ、もう二度と私を勇者パーティーに勧誘したりしないって約束、ちゃんと守ってよね」

「お前が勝ったらな。……さて、戦いの前に、場所を変えた方がいいだろう。まだ早い時間だが、そろそろ町の人間が表通りに出てくる頃だ。俺とお前が戦っているのを見られたら、色々と面倒なことになる」

「そうね。衛兵を呼ばれるのも困るし、大騒動になって、新聞に『勇者と聖女が早朝に謎の果し合い』なんて記事を書かれるもの嫌だわ。町を出てすぐのところにある荒野で戦いましょう」

「承知した」

 短くそう言うと、ラジアスはすたすたと歩き始めた。
 私も、その後をついて行く。

 そこで、今まで黙っていたエリスが、私に向かって心配そうに言う。

「お師匠様……」

 私は歩みを止めた。
 そして、エリスを安心させようと、彼女の肩に手を置いて、微笑んだ。

「大丈夫、心配しないで……と言いたいところだけど、勇者ラジアスは正真正銘の強者、本気で戦ったら、どうなるかわからない。もしかしたら私は、死ぬかもしれない。……そうなったら、あなたを鍛えてあげる約束は果たせなくなっちゃうから、誰か、別の師匠を見つけてね。この宝石も、返しておくわ」

 そう言いながら私は、昨日、エリスに貰ったエルフィン・ジェイダイトを取り出し、彼女に差し出した。……エリスはそれを、受け取らなかった。彼女は首を左右に振り、力強く言う。

「私のお師匠様は、あなただけです。他の人に師事する気はありません。私は、あなたの強さと優しさに、惚れこんでるんです。あなたの身にもしものことがあったら、刺し違えてでもあの男を殺し、私も黄泉の国にお供します」

 あ、愛が重い……

 いや、まあ、あっさりと『じゃあ他の師匠探しまーす、さよならー』って言われるのも、それはそれでちょっと寂しいけどさ。
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