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第132話

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 私は、驚いた。

 大声で怒鳴られたからではない。
 フェルヴァの表情が、凄まじいものになっていたからだ。

 悲しみの表情ではない。
 それなら、たとえ、どんなに号泣していたとしても、こんなに驚かなかった。

 怒りの表情でもない。
 それなら、たとえ、殺意のこもった視線を向けられても、私は怯えたりしない。

 ……今のフェルヴァの表情は、喜怒哀楽がぐちゃぐちゃに混ざった、子供の落書きのようだった。笑っているようにも見えるし、怒っているようにも見える。見方によっては、泣いているようにも感じるし、そのすべてが間違いで、朗らかなエビス顔のようにも思える。

 ハッキリ言って、不気味だった。フェルヴァが何を考えているのか、表情から、まったく読み取ることができないからだ。この世の中、何を考えているか分からない人間ほど、対処に困るものはない。

 フェルヴァは小刻みに首を揺すりながら、百面相のように激しく表情を変化させ、喚いた。

「ひぇ、ひぇ、ひぇ、へはっ、あはぁっ、あはぁっ、私がかわいそうですって? 冗談じゃないわ。私はかわいそうなんかじゃない。私、可愛いの。天使なの。あいつも言ってたわ。お前は天使だって。とっても可愛いよって。やめろやめろ、触るな、汚い手で触るなけがらわしいやめろ触るな私に触るなお父様触るな触るな触るな触るな触るな触るな触るなどうして触るな触るな触るな触るな触るな触るな触るなやめて触るな触るな触るな触るな触」

 フェルヴァはもはや、半狂乱だった。

 どうやら私は、自分でも気づかぬうちに『言ってはならないこと』を言い、フェルヴァの忌まわしい記憶を呼び覚ましてしまったらしい。

 リーゼルが前に出て、私に問う。

「おい、フェルヴァの奴、どうしちまったんだ?」

「こっちが聞きたいわ。もうちょっと問い詰めてみようかしら」

「よせ。これ以上刺激するな」

 リーゼルはそう言って私を止めると、いまだに喚き続けているフェルヴァを見る。その瞳には、先程までの敵意ではなく、深い悲しみと憐れみが込められていた。

「フェルヴァ……」

 静かに、寂しげに、妹の名を呼ぶリーゼル。

 そして、次にかける言葉を悩むように、しばらく黙ってから、ゆっくりと言葉を紡ぎ出していく。それは、ヒビだらけのガラス細工に、そっと触れようとするみたいだった。
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