追放された魔女は、実は聖女でした。聖なる加護がなくなった国は、もうおしまいのようです【第一部完】

小平ニコ

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第60話(デルロック視点)

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 アンデッドを目の当たりにしたことで、ますます死にたくないという思いが強くなった私は、大急ぎで厩舎に駆け込んだ。……そして、感激のあまり、歓喜の叫びをあげる。

「おお、おおお! ルドウェン! 無事だったのか!」

 そう。愛馬ルドウェンは、毒の霧にさらされながらも生きており、元気に「ヒヒン」と嘶いたのである。……正直に言うと、私は地下納骨堂を出る時から、ルドウェンが生きているとは思っていなかった。当然だろう、厩舎の風通しは抜群であり、馬たちはもろに毒の霧の影響を受ける。どう考えたって、生きているはずがない。

 しかし私は、あえてその絶望的な事実から目を背け、地上に出てきた。だって、生きて国を出るには、どんなにあり得ないことだとしても、ルドウェンが生きていることに賭けるしかないのだから。

 そして、ルドウェンは生きていた。
 私は、賭けに勝ったのだ。

 圧倒的な喜びが全身を駆け巡る。
 今まで生きてきた中で、こんなに嬉しかったことはなかったかもしれない。

 ルドウェンに鞍をつけ、出発の準備を整えたところで、私も少しだけ冷静になり、やっと周りを見る余裕ができた。そして、気がついた。ルドウェンだけが無事だったのではなく、他の馬も、健康そのものであることに。

 その時、一頭の馬が「ヒイィィーン」と甲高い嘶きをあげた。
 それに反応するように、どこかで犬が遠吠えをする。

 犬の鳴き声は、別段苦しそうではない。
 世界中、どこでも聞くことのできる、ごく普通の遠吠えだ。
 どうやら犬は、霧の影響を受けていないようだ。

 もしかしたらあの紫の霧は、馬や犬――つまり、動物にとっては害がないのかもしれない。……そうだ、悪魔は確か、あの霧のことを『呪いの毒霧』と言っていたな。

 霧の呪いは、人間だけに悪しき効果をもたらし、動物はその対象外というわけか……不思議なこともあるものだが、馬が無事なのは、私にとっては幸運以外の何物でもない。

 それに、あんな意味不明な霧、もうどうだっていい。
 私は今から、霧のない国へ退避するのだから。

「行くぞ、ルドウェン!」

 私はルドウェンに出発の合図をし、厩舎を飛び出した。

 やはり、ルドウェンの俊足は素晴らしい。
 風のような速さで王宮を出て、私は大通りを駆け抜けていく。

 その際、何人もの人間が通りを歩き回っているのを、私は見た。

 ……いや、『人間』という言い方はおかしいな。奴らはもう、死んでいる。厩舎の前で出くわしたアンデッドと同じ、ただフラフラと歩くだけの、生きるしかばねだ。

 奴らは私の方を一瞥することもなく、ただ、道の端から端を、馬鹿みたいに往復しているだけだ。ときどき、こちらの進行方向を塞ぐように向かって来る者もいたが、ルドウェンの手綱を引き進路を変えると、しつこく追ってくるようなことはなかった。
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