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第65話
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エリックは、ラスールと共に断頭台に送られることは免れたものの、王国の果てにある金鉱山で長期にわたって強制労働を強いられることになった。
強制労働には、一応10年という刑期が定められているが、鉱山労働は苛烈を極め、満足に医療を受けることもできないため、ほとんどの受刑者が4~5年で死に至るという。……つまりこれは、事実上の死罪である。国王陛下と大公様の、ウォード家の人間に対する怒りは、それだけ深いということなのだろう。
だからキャロルに対する罰も、私が想像していたものよりずっと重たかった。彼女に下された重罰――それは『流刑』である。この国の流刑は、他国のそれより遥かに厳しい。単に辺境へ追放するのではなく、遠くの異民族に奴隷として売り飛ばすのである。
これまで何不自由なく生きてきたキャロルにとって、それがどれほどの苦しみか。考えようによっては、ひと思いに処刑された方がずっと楽だったかもしれない。
一ヶ月前、最後にわずかながら人間らしさを見せてくれたキャロルのことを思うと、胸が痛んだ。もちろん、犯した罪は償わなければならないとは思うが、これではあまりにも……
「はぁ……」
いつだったか、エリックとキャロル、そして私の三人でレストランに入ったときのように、深く重たいため息が漏れてしまう。それを見たブライスが、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「クリスタ。またキャロルたちのことを考えているのかい?」
ここは、かつてキャロルに水をかけられ、エリックに花瓶を投げつけられた、ウォード邸の応接室だ。……いや、違う。ここはもうウォード邸ではない。ウォード家がお取り潰しになった結果、所有者が変わったのである。現在の所有者は、私の目の前にいるブライス・オルスタイン公爵だ。
そう。領地を持たぬ陰の公爵であったブライスだが、逆徒ラスールを捕らえ、右大臣ギブラの謀略の証拠も掴んだ功績で、晴れて表舞台に出ることとなり、ウォード家の広大な領地は丸々彼のものになったのだ。
普通、いきなり領主が変わると領民は反発するものだが、ラスールの強権と横暴ぶりにうんざりしていた彼らは、喝采をもって新しい若き領主を出迎えた。ブライスの飾らない誠実な人柄も相まって、今では元からブライスの領地だったのではないかと思うほど、領民たちの信頼は厚い。
私は、ブライスの前で大げさなため息を吐いてしまったはしたなさを恥じながら、それでも暗い調子で答える。
「どうしても、頭から離れなくって……。ウォード家がお取り潰しになる時点で相当な罰が下されたも同然ですから、エリックは一年くらいの禁固刑。そしてキャロルは、重くても軟禁刑で済むと思っていたんです。それが、あんな……」
強制労働には、一応10年という刑期が定められているが、鉱山労働は苛烈を極め、満足に医療を受けることもできないため、ほとんどの受刑者が4~5年で死に至るという。……つまりこれは、事実上の死罪である。国王陛下と大公様の、ウォード家の人間に対する怒りは、それだけ深いということなのだろう。
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「はぁ……」
いつだったか、エリックとキャロル、そして私の三人でレストランに入ったときのように、深く重たいため息が漏れてしまう。それを見たブライスが、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「クリスタ。またキャロルたちのことを考えているのかい?」
ここは、かつてキャロルに水をかけられ、エリックに花瓶を投げつけられた、ウォード邸の応接室だ。……いや、違う。ここはもうウォード邸ではない。ウォード家がお取り潰しになった結果、所有者が変わったのである。現在の所有者は、私の目の前にいるブライス・オルスタイン公爵だ。
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「どうしても、頭から離れなくって……。ウォード家がお取り潰しになる時点で相当な罰が下されたも同然ですから、エリックは一年くらいの禁固刑。そしてキャロルは、重くても軟禁刑で済むと思っていたんです。それが、あんな……」
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