上 下
64 / 68

第64話

しおりを挟む
 胸中に、自分でもよくわからない感情が溢れ、私はキャロルを抱きしめる。もう身じろぎする気力もなくしたキャロルは抵抗なくそれを受け入れたが、不思議そうな声で聞いてきた。

「……なんで抱きしめるの?」

「わからない。でも、なんだかあなたがかわいそうで……」

「私、かわいそうじゃないわよ。だって、お父様とお兄様はいつも、私のことを『世界一恵まれた、世界一のお嬢様だ』って言ってるもの」

「そう……」

「でも、もしかしたら……」

 キャロルはそこで言葉を切り、再び晴天を仰いだ。泣きすぎて、真っ赤になってしまった瞳の端から、もう一度だけポロリと涙の雫がこぼれる。

「本当は、かわいそうな子だったのかもね……。だって、こんなふうに私のことを抱きしめてくれる友達なんて、一人もいなかったもの……。取り巻きはいたけど、皆、ビクビクと私の顔色をうかがってるだけだったから。お父様はいつも忙しいし、私の相手をしてくれるのはお兄様だけだったわ」

「…………」

「だから、お兄様との時間を奪ったあんたのことが嫌いだった。それで、どこに行くにもついて行って、邪魔してやったのよ。あんたの困った顔を見るのは、本当に楽しくて、胸がスカッとしたわ。でも……」

「…………」

「そんな馬鹿なことをやってないで、あんたと普通に仲良くしてたら、こんなことにならなかったのかな……」

 それは、誰にも分からないことだった。人生に『もしも』はあり得ないから。しかし私は、キャロルの言葉を無下に否定する気にはならず、小さく答えた。

「そうかもしれないわね……」

 そして、キャロルは私から離れると、左手につけていた煌びやかなブレスレットを私に手渡した。それには大きな宝石がはまっており、太陽の光を受けてキラリと輝いた。

「大粒のエメラルドを大胆にあしらったゴールドブレスレットよ。宝石商に売ればまとまったお金になるわ。……それ、私が撃った子にあげてちょうだい」

「キャロル……」

「今さら良い子にはなれないけど、まあ、これくらいはね」

「良い子になるのは簡単じゃなくても、悪い子じゃなくなることはそう難しいことじゃないと思うわ」

 キャロルは苦笑した。

「『良い子』と『悪い子じゃない子』って、どう違うの?」

 それがキャロルと交わした最後の会話だった。





 一ヶ月後、厳しい尋問の末、ウォード家に対する処罰が決定した。当主ラスールは王家への脱税、公金横領、公文書偽造、領民への暴行・拷問。領地境界線の侵犯。恣意的な侵略私争。王家への反逆。そして、右大臣ギブラと共謀し、大公様の嫡子を暗殺した罪で死罪。もちろん爵位と領地はすべて没収である。
しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

婚約破棄に乗り換え、上等です。私は名前を変えて隣国へ行きますね

ルーシャオ
恋愛
アンカーソン伯爵家令嬢メリッサはテイト公爵家後継のヒューバートから婚約破棄を言い渡される。幼い頃妹ライラをかばってできたあざを指して「失せろ、その顔が治ってから出直してこい」と言い放たれ、挙句にはヒューバートはライラと婚約することに。 失意のメリッサは王立寄宿学校の教師マギニスの言葉に支えられ、一人で生きていくことを決断。エミーと名前を変え、隣国アスタニア帝国に渡って書籍商になる。するとあるとき、ジーベルン子爵アレクシスと出会う。ひょんなことでアレクシスに顔のあざを見られ——。

私は家のことにはもう関わりませんから、どうか可愛い妹の面倒を見てあげてください。

木山楽斗
恋愛
侯爵家の令嬢であるアルティアは、家で冷遇されていた。 彼女の父親は、妾とその娘である妹に熱を上げており、アルティアのことは邪魔とさえ思っていたのである。 しかし妾の子である意網を婿に迎える立場にすることは、父親も躊躇っていた。周囲からの体裁を気にした結果、アルティアがその立場となったのだ。 だが、彼女は婚約者から拒絶されることになった。彼曰くアルティアは面白味がなく、多少わがままな妹の方が可愛げがあるそうなのだ。 父親もその判断を支持したことによって、アルティアは家に居場所がないことを悟った。 そこで彼女は、母親が懇意にしている伯爵家を頼り、新たな生活をすることを選んだ。それはアルティアにとって、悪いことという訳ではなかった。家の呪縛から解放された彼女は、伸び伸びと暮らすことにするのだった。 程なくして彼女の元に、婚約者が訪ねて来た。 彼はアルティアの妹のわがままさに辟易としており、さらには社交界において侯爵家が厳しい立場となったことを伝えてきた。妾の子であるということを差し引いても、甘やかされて育ってきた妹の評価というものは、高いものではなかったのだ。 戻って来て欲しいと懇願する婚約者だったが、アルティアはそれを拒絶する。 彼女にとって、婚約者も侯爵家も既に助ける義理はないものだったのだ。

本日より他人として生きさせていただきます

ネコ
恋愛
伯爵令嬢のアルマは、愛のない婚約者レオナードに尽くし続けてきた。しかし、彼の隣にはいつも「運命の相手」を自称する美女の姿が。家族も周囲もレオナードの一方的なわがままを容認するばかり。ある夜会で二人の逢瀬を目撃したアルマは、今さら怒る気力も失せてしまう。「それなら私は他人として過ごしましょう」そう告げて婚約破棄に踏み切る。だが、彼女が去った瞬間からレオナードの人生には不穏なほつれが生じ始めるのだった。

私が出て行った後、旦那様から後悔の手紙がもたらされました

新野乃花(大舟)
恋愛
ルナとルーク伯爵は婚約関係にあったが、その関係は伯爵の妹であるリリアによって壊される。伯爵はルナの事よりもリリアの事ばかりを優先するためだ。そんな日々が繰り返される中で、ルナは伯爵の元から姿を消す。最初こそ何とも思っていなかった伯爵であったが、その後あるきっかけをもとに、ルナの元に後悔の手紙を送ることとなるのだった…。

有能婚約者を捨てた王子は、幼馴染との真実の愛に目覚めたらしい

マルローネ
恋愛
サンマルト王国の王子殿下のフリックは公爵令嬢のエリザに婚約破棄を言い渡した。 理由は幼馴染との「真実の愛」に目覚めたからだ。 エリザの言い分は一切聞いてもらえず、彼に誠心誠意尽くしてきた彼女は悲しんでしまう。 フリックは幼馴染のシャーリーと婚約をすることになるが、彼は今まで、どれだけエリザにサポートしてもらっていたのかを思い知ることになってしまう。一人でなんでもこなせる自信を持っていたが、地の底に落ちてしまうのだった。 一方、エリザはフリックを完璧にサポートし、その態度に感銘を受けていた第一王子殿下に求婚されることになり……。

婚約破棄された令嬢のささやかな幸福

香木陽灯(旧:香木あかり)
恋愛
 田舎の伯爵令嬢アリシア・ローデンには婚約者がいた。  しかし婚約者とアリシアの妹が不貞を働き、子を身ごもったのだという。 「結婚は家同士の繋がり。二人が結ばれるなら私は身を引きましょう。どうぞお幸せに」  婚約破棄されたアリシアは潔く身を引くことにした。  婚約破棄という烙印が押された以上、もう結婚は出来ない。  ならば一人で生きていくだけ。  アリシアは王都の外れにある小さな家を買い、そこで暮らし始める。 「あぁ、最高……ここなら一人で自由に暮らせるわ!」  初めての一人暮らしを満喫するアリシア。  趣味だった刺繍で生計が立てられるようになった頃……。 「アリシア、頼むから戻って来てくれ! 俺と結婚してくれ……!」  何故か元婚約者がやってきて頭を下げたのだ。  しかし丁重にお断りした翌日、 「お姉様、お願いだから戻ってきてください! あいつの相手はお姉様じゃなきゃ無理です……!」  妹までもがやってくる始末。  しかしアリシアは微笑んで首を横に振るばかり。 「私はもう結婚する気も家に戻る気もありませんの。どうぞお幸せに」  家族や婚約者は知らないことだったが、実はアリシアは幸せな生活を送っていたのだった。

処理中です...