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第63話
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なんて哀れなんだろう。この子もエリックと同じで、溺愛という栄養過多により、根を腐らせてしまった無残な花だ。……その無残な花は、どこからこんなに水分が出るのだろうと思うほど泣き続けながら、いまだに私を非難し続けている。
「ねえ、クリスタ。もしかして、私が散々あんたのことをからかったのを怒ってるの? 何よ、全部過ぎたことじゃない! 今さらになって仕返しをするなんて、陰湿す……」
まだまだ言いたいことがあるようだが、その唇の辺りを、私は平手でたたいた。誓って言うが、キャロルに対する復讐心から暴力に訴えたのではない。
……エリックに婚約破棄を突き付けたあの日、私はキャロルを初めて叱ったが、最後まで彼女を諭すことなく帰ってしまった。その続きを、今こそしなければならないと思ったのだ。一時は義姉であった者の、最後の責任として。
「キャロル。私がされたことなんてもうどうでもいいの。あなたに対して怒っているとしたら、子供の足を撃ったことよ」
間違いなく、生まれて初めて顔をぶたれたのだろう。キャロルはショックで涙すら止まってしまい、自分の口元を押さえて震えていた。
「痛い……痛い……」
「叩かれるって痛いでしょう? 私も、慣れていないから叩いた手が痛いわ。でも、銃で撃たれた痛みはこんなものじゃないはずよ」
「痛い……」
「あなたの短銃は口径が小さいから子供は死なずに済んだけど、きっと障害は残る。それに、銃創は完治しても古傷がうずくことがあるそうよ。撃たれた恐怖だって、そう簡単に消えるとは思えない。わかる? 人を傷つけるっていうのは、それほど重たいことなの」
「…………」
「教えて、キャロル。どうして子供を撃ったの?」
「だって……私に向かって石を投げてきたから……」
「それは威嚇だったと聞いているけど。百歩譲って発砲するとしても、あなたも威嚇で済ませようとは思わなかったの?」
「思わなかった……」
「どうして?」
「だって、私は何をしても許されるから……世界も、みんなも、私を許してくれるから……」
「世界も、みんなも、あなたを許してなんかいないわ。あなたのお父様とお兄様が、全部を黙らせてきただけ。何をしても許される人間なんて、どこにもいないのよ。罪に対しては、いつか必ず罰が与えられる。強引な手法で多くの人を傷つけてきたあなたのお父様が捕まった今なら、よくわかるでしょう?」
実体験ほど身に染みることはない。キャロルは「うん……」と呟き、小さく頷いた。……その素直さに、心が痛んだ。この子は、本当に強く言えばちゃんと聞く子だったのかもしれないのに、間違った育ち方をしてしまったのだ。
しかし、犯した罪は決して軽くはなく、これから重罪にふさわしい厳罰を受けることになる。生粋の貴族令嬢であるキャロルにとって、それは地獄以上の苦しみだろう。一時はあれほど蔑み疎んだキャロルが、哀れでたまらなかった。
「ねえ、クリスタ。もしかして、私が散々あんたのことをからかったのを怒ってるの? 何よ、全部過ぎたことじゃない! 今さらになって仕返しをするなんて、陰湿す……」
まだまだ言いたいことがあるようだが、その唇の辺りを、私は平手でたたいた。誓って言うが、キャロルに対する復讐心から暴力に訴えたのではない。
……エリックに婚約破棄を突き付けたあの日、私はキャロルを初めて叱ったが、最後まで彼女を諭すことなく帰ってしまった。その続きを、今こそしなければならないと思ったのだ。一時は義姉であった者の、最後の責任として。
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「痛い……痛い……」
「叩かれるって痛いでしょう? 私も、慣れていないから叩いた手が痛いわ。でも、銃で撃たれた痛みはこんなものじゃないはずよ」
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「あなたの短銃は口径が小さいから子供は死なずに済んだけど、きっと障害は残る。それに、銃創は完治しても古傷がうずくことがあるそうよ。撃たれた恐怖だって、そう簡単に消えるとは思えない。わかる? 人を傷つけるっていうのは、それほど重たいことなの」
「…………」
「教えて、キャロル。どうして子供を撃ったの?」
「だって……私に向かって石を投げてきたから……」
「それは威嚇だったと聞いているけど。百歩譲って発砲するとしても、あなたも威嚇で済ませようとは思わなかったの?」
「思わなかった……」
「どうして?」
「だって、私は何をしても許されるから……世界も、みんなも、私を許してくれるから……」
「世界も、みんなも、あなたを許してなんかいないわ。あなたのお父様とお兄様が、全部を黙らせてきただけ。何をしても許される人間なんて、どこにもいないのよ。罪に対しては、いつか必ず罰が与えられる。強引な手法で多くの人を傷つけてきたあなたのお父様が捕まった今なら、よくわかるでしょう?」
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しかし、犯した罪は決して軽くはなく、これから重罪にふさわしい厳罰を受けることになる。生粋の貴族令嬢であるキャロルにとって、それは地獄以上の苦しみだろう。一時はあれほど蔑み疎んだキャロルが、哀れでたまらなかった。
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