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第57話

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「ブライス・オルスタイン公爵様。このたびは……」

 その態度に、ブライスも慌てて膝をつく。

「よ、よしてくれクリスタ。きみにそんな態度を取られると、照れくさいを通り越して悲しくなってくる。ほら、立って立って」

「でも……」

「きみだって、僕が形式ばった態度で『うむ、苦しゅうないぞ。フォーリー家の長女、クリスタ・フォーリー嬢よ』とか言っていたら嫌だろう?」

「う……。それは確かに、ちょっと嫌です」

「だったら、自分が嫌なことは人にもしちゃ駄目だよ。ほら、立って」

 その、優しく窘めるような言い方は、先程までの厳格なブライス・オルスタイン公爵のものではなく、私の知る草原のブライスのものだった。彼の言葉で、ずっと緊張していた心と体が、やっと本当の安らぎを取り戻した気がする。

 だからなのか、もう自分の感情と行動を、自分で制御できなかった。私はもう何も言わずに、彼を抱きしめる。ブライスも、私の背にそっと両手を回してくれた。白銀の甲冑は冷たかったが、それでも彼の温もりが伝わって来て、心が温かかった。

 その温かさに対して寂しい寒風が吹きつけるように、エリックの声が響いてくる。

「おかしい……。こんなのおかしい! どうしてこうなるんだ!? どうして何もかも思い通りにいかない!? どうして!? どうして!? どうして!?」

 とりあえず連行されたのはラスールだけだったので、エリックは捕縛されたまま、地面に正座をして喚いていた。その表情は完全にパニックそのものであり、かつては自信にあふれていた瞳から、駄々っ子のように大量の涙をあふれさせていた。

「なんだって思い通りになったんだ! 何をやったって俺を止められる者なんていなかったんだ! 俺はラスール・ウォードの息子だぞ! それがどうして、縛られて地面に膝をつかなきゃならない!? どうしてだ!? どうしてなんだよおぉぉぉ……!」

 半狂乱のエリックは、体を折り曲げて地面に額を擦り付けている。そして顔を上げると、エリックは私を睨み、お腹の底から絞り出すような呪詛の声を投げかけてきた。

「クリスタぁ……! お前のせいだ! お前が俺を拒絶するまでは、なんでも思うがままだったのに! 偉そうに説教なんかしやがって! お前だけだぞ、この俺を叱ったのは! あれで全部ぶち壊しだっ! お前のせいだぁっ! あんなに愛してやったのに! 誰よりも愛してやったのに! 俺の愛を無下にした性悪女めっ!」

 相変わらず無茶苦茶な理屈だが、もう腹は立たなかった。こういう考え方しかできない彼が、心から哀れだった。しかし、ブライスは聞くに堪えないといった表情でエリックを制した。

「黙るんだ。クリスタに対する侮辱は、この僕が許さない」

「うぅっ……」
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