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第55話

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 その問いに、ブライス自身が答える。

「お亡くなりになったのは僕の兄上だ。僕は父上がお年を召されてから生まれた子供なので、実際に会ったことはないけどね」

「し、しかし、しかし、大公のもとに新しい男児が誕生したなどと、そんな話は聞いたことがない! だいたい、お前が本当に公爵ならばそれなりの領地を所有しているはず! トゥルコ王国のどこを探しても、ブライス・オルスタイン公爵領など存在しないぞ! やはりこんな若造が公爵だなんて、とても信じられん!」

 ブライスを『お前』呼ばわりするくらいだから、本当に信じていないのだろう。その不遜な態度に、またしても激昂しそうになった側近の騎士を制して、ブライスは静かに語りだす。

「僕は爵位だけを授かった、領地を持たぬ公爵だ。その存在を知るのは国王陛下と父上、あとは一部の高官のみで、ずっと陰で暮らしていたんだよ。まるで、他国から来た人質のようにね」

「わ、わけがわからん! 何故そんなことをする必要がある!?」

 そこで、ブライスの美しい瞳がスッと細められる。微笑みによってではない、怒りによって、視線が鋭さを増したのである。

「ラスール・ウォード。本当に分からないのか?」

「うっ……」

 その瞳の鋭さに、一声で100人の兵士を操る剛腕のラスールが怯み、弱々しく目を逸らせた。ブライスの視線は変わらない。矢で射貫くように、まっすぐラスールを見つめている。

「兄上は病没したのではない。大公家を継ぐ者がいることを快く思わない何者かの手で暗殺されたのだ。聡明な父上は兄上の死を嘆きながらもそれを教訓とし、第二子である僕までもが逆賊に狙われぬよう、僕がいかなる敵をも打ち払う力を身に着けるその日まで、存在を秘匿としたのだ」

「ば、馬鹿な。あの痴呆老人にそんな知恵が回るはずが……」

「父上は痴呆ではない。老いてなお壮健だよ。近頃曖昧な行動が増えたのは迫真の演技だ。ラスール。お前のように、表面上は監督官の父上を敬っておきながら、裏ではやりたい放題をしている悪徳領主をあぶり出すためのね。……お前は父上に可愛がられていると思っていたようだが、父上はお前をずっと疑っていたんだよ」

「んなっ……!?」

「僕は、そんな父上の『影の騎士』となって、悪徳領主たちを裏から調査していたんだ。皆、僕の事なんて知らず、警戒してないからね。お前のように、邪智暴虐にして私欲を貪る貴族たちを調べ上げ、すでに悪事の証拠を数多くつかんでいる。数日後には一斉に告発するつもりだ。もう、いかなる弁明も不可能だぞ」

「ぐっ……うっ……うぅっ……!」

 ラスールはもはや、呻きを漏らすことしかできない。

「名君と呼べるような領主などそういるものではないから、誰でも叩けば多少はホコリが出るものだが、お前のウォード家はいくらなんでも酷すぎる。王家に納める税のごまかしに始まり、公金横領、公文書偽造、意に添わぬ領民への暴行・拷問。領地境界線の侵犯。そして、今回の私争。もはや家の存続はかなわぬものと思え」
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