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第50話

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 ありがとう、私の気持ちを汲んでくれて。

 彼に深々と頭を下げ、上げてからは、もう退却していく皆のことは見なかった。後は、自分のやるべきことをやるだけだ。私は白旗を用意し、迫りくるウォード軍へとゆっくり歩みを進めていく。

 もう少しでウォード軍の銃の有効射程範囲に入るというところまで来ると、さすがに緊張と恐怖で足がすくんだ。しかし、歩く速さはほとんど変えず、静かに、静かに、カタツムリが這うように前進する。

 そして私は、とうとう銃の射程範囲に入った。

「そこで止まれっ!」

 ……やった!

 飛んできたのが銃弾ではなく『そこで止まれ』という言葉だということは、少なくとも彼らは、私を問答無用で射殺する命令は受けていないようだ。と言っても、声をかけた後に銃を撃たない保証もないので、私は大慌てでコミュニケーションを開始する。

「私はフォーリー家の長女クリスタです! 見ての通り、何の武装もしていません! 持っているのは白旗のみです! 私たちフォーリー家は全面的に降伏します! どうか、指揮官殿にお取次ぎください!」

 ウォード軍の間に、どよどよとざわめきが起こる。先頭の隊列にいた何名かは、私が『フォーリー家の長女クリスタ』であることにすでに気がついていたようだが、今の言葉で中列、後列にいる兵士にも伝わったのだろう。

 進軍が止まり、近衛兵と思しき何人かが私をどうするかについて相談を始めた。彼らの決断は早く、こちらに向かって「身体検査の後、ラスール様の元にお連れします」と述べ、私が短銃の類を持っていないことを確認すると、二人の近衛兵が私の両側につき、囚人を連行するような形でウォード軍の本陣に連れていかれることになった。

 よかった……

 これで少なくとも、10分程度は時間を稼ぐことができるだろう。この後に私を待ち受ける運命を思うと喜んでばかりもいられないが、それでも、皆を救うための命がけの作戦がひとまず成功したことに、私は安堵した。





 そして私は今、ウォード家当主ラスールの眼前にいる。ラスールは馬上から私を見下ろし、彼の側には同じく馬に乗ったエリックと、ここまでいったい誰に運ばせたのか、戦場には似つかわしくない立派な椅子に腰かけたキャロルがいた。

 ラスールは私を舐めるように見た後、不気味なほど親しげな声を発した。

「んん~ん、クリスタよ、久しいな。お前とエリックが婚約する際に簡単な式典をおこなったが、その時以来かな?」

「はい」

 私の返答は短かった。現在の立場を考えると、もっと下手に出てご機嫌取りをするべきなのかもしれないが、理不尽にもフォーリー領を脅かすこの非道な男に、どうしてもへりくだる気がしなかった。
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