妹ばかりを優先する無神経な婚約者にはもううんざりです。お別れしましょう、永久に。【完結】

小平ニコ

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第48話

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「まずい! 今すぐ、すべての兵を引かせないと!」

 これまで常に冷静だったハンスが顔を青ざめさせ、フォーリー軍全体に退却命令を出す。いきなりのことに、私は上ずった声で彼に問いかけた。

「ハンスさん、突然退却だなんて、どうして……」

「クリスタお嬢様。私はラスールのことを甘く見ていました。戦上手という評判は聞いていましたが、実際に指揮を執る姿は見たことがなかったので……」

 悔しそうに唇を噛み、一糸乱れぬ隊列で移動を始めたウォード軍を睨みながら、ハンスは言葉を続ける。

「あれは怪物です。檄ひとつで、消極的だったウォード兵全員を狂戦士に変えてしまった。ああいうのが、たまにいるんですよ。常人離れした威圧感で人の心を操る、恐るべき男が……」

「…………」

「おまけに奴の残酷な言葉はこちらの陣営にまで響き渡り、実戦経験の乏しいフォーリー兵は皆、震えあがってしまった。今両軍が激突しても戦いになりません。一方的に虐殺されるだけです」

「そ、そうですか。では、急いで皆を下がらせないと」

「ですが、それも間に合いそうにありません。見てください、近衛兵に後ろから撃たれることを恐れるウォード軍の進軍の速さを。あと5分もすれば、我々は奴らの銃の有効射程範囲に入ります。せめて10分あれば、皆を無事に退却させることができるのですが……」

「10分……」

「クリスタお嬢様。こうなったらあなただけでも馬に乗ってお逃げください。これは恥ではない。あなただけでも生き残り、ウォード家の連中がした残虐行為を世に知らしめるのです。それで奴らが報いを受ければ、私たちの死は無駄じゃなくなります。だから逃げてください、早く!」

 懸命に私を逃がそうとしてくれるハンスの気持ちはありがたいが、私には逃げる気は全くなかった。それよりも頭の中で、ハンスが言った『せめて10分あれば、皆を無事に退却させることができる』という言葉が何度も反芻され、どうすればその『10分』という時間を稼ぐことができるのか、ただそれだけを考えていた。

 そして、あるひとつの方法に思いが至る。……それは、やらなくて済むなら絶対にやりたくないことだが、今はそんなことを言っている場合ではない。私は意を決して口を開いた。

「ハンスさん。10分あれば皆を逃がすことができるのですね?」

「そうですが、10分も時間を稼ぐ方法はありません。この状況では、世界中の名将を集めて皆で知恵を絞っても不可能です」

「そうでもないですよ。……私はエリックの性格をよく知っていますから。世界中の名将よりもね」

「お嬢様、あなたまさか……」
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