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第44話
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「……返事は来ました。『そちらのことは、そちらで解決せよ』という、そっけなく短い言葉だけですが」
「呆れましたね。小規模とはいえ、これはもう戦争だ。今まさに国民が傷つこうとしているのに王様がこんな調子では、このトゥルコ王国もそう長くはないかもしれませんね。王に威厳も能力もないんですから」
厳しい言葉だが、ハンスがそう言いたくなるのもわかる。しかし貴族の娘として、さすがに公然と王を侮辱するわけにはいかず、私は静かに目を閉じて唇を結んだ。黙ってしまった私の代わりというわけでもないだろうが、ハンスは語り続ける。
「クリスタお嬢様。今さっき言った通り、明日は血みどろの決戦になります。あなたと当主様、そして奥様は領外に避難された方がいい。今日だって、こんな前線にいることはなかった。まあ、あなたが率先してここにいることで、兵士たちの士気はさらに上がりましたが……」
「いえ、この争いは、もとはと言えば私とエリックの間のトラブルが原因なんです。それなのに私だけ安全なところにいるなんて許されません。お父様とお母様には一応避難を促してみますが、きっと、お二人はどこにも行かないでしょう。私たち貴族には、貴族なりの責任があります。間違っても民を見捨てて逃げたりはできません」
私の言葉に、ハンスはたくましい腕を組んで首を傾げた。そして、不思議で仕方がないというような表情で問いかけてくる。
「お嬢様。どうにも腑に落ちないことがあるんですが」
「なんでしょう?」
「あなたみたいにちゃんとした人が、なんでエリックみたいな馬鹿息子と親密になったんですか? どう見ても釣り合わないでしょう。その答えが、いくら考えてもわからないんです」
私は苦笑して答える。
「私、ハンスさんが思うほどちゃんとしてませんよ。けっこう短気だし。……エリックも、出会ったときは凄く優しかったんです。自信に満ち溢れてて、当時の私はそういうところが素敵だって思いました。でも、打ち解ければ打ち解けるほど、だんだん無神経でおかしな言動が増えてきて、それで……」
「ああ、一番厄介なタイプですね。最初は良い顔をして、聞こえのいいことばかり言って来るからこちらも気を許す。それで距離が縮まると、一気に馴れ馴れしく不躾なことを平然と言うようになる。男でも女でも、割といるんですよ、そういうの。私も昔、痛い目に遭いました。まっ、すでに良い思い出ですが」
その冗談めかした言い方がおかしくて、私は微笑した。彼が味方になってくれて、本当に良かったと思う。同時に、言いようのない悲しさが胸に去来する。
「ハンスさん。ウォード軍の中には、あなたのように正しい倫理観を持ちながら、それでも主の命令に逆らえず戦うしかない人たちも、たくさんいるんでしょうね……」
「それはそうですが、戦いとはそういうものです。敵に情けをかけている余裕はありませんよ」
「呆れましたね。小規模とはいえ、これはもう戦争だ。今まさに国民が傷つこうとしているのに王様がこんな調子では、このトゥルコ王国もそう長くはないかもしれませんね。王に威厳も能力もないんですから」
厳しい言葉だが、ハンスがそう言いたくなるのもわかる。しかし貴族の娘として、さすがに公然と王を侮辱するわけにはいかず、私は静かに目を閉じて唇を結んだ。黙ってしまった私の代わりというわけでもないだろうが、ハンスは語り続ける。
「クリスタお嬢様。今さっき言った通り、明日は血みどろの決戦になります。あなたと当主様、そして奥様は領外に避難された方がいい。今日だって、こんな前線にいることはなかった。まあ、あなたが率先してここにいることで、兵士たちの士気はさらに上がりましたが……」
「いえ、この争いは、もとはと言えば私とエリックの間のトラブルが原因なんです。それなのに私だけ安全なところにいるなんて許されません。お父様とお母様には一応避難を促してみますが、きっと、お二人はどこにも行かないでしょう。私たち貴族には、貴族なりの責任があります。間違っても民を見捨てて逃げたりはできません」
私の言葉に、ハンスはたくましい腕を組んで首を傾げた。そして、不思議で仕方がないというような表情で問いかけてくる。
「お嬢様。どうにも腑に落ちないことがあるんですが」
「なんでしょう?」
「あなたみたいにちゃんとした人が、なんでエリックみたいな馬鹿息子と親密になったんですか? どう見ても釣り合わないでしょう。その答えが、いくら考えてもわからないんです」
私は苦笑して答える。
「私、ハンスさんが思うほどちゃんとしてませんよ。けっこう短気だし。……エリックも、出会ったときは凄く優しかったんです。自信に満ち溢れてて、当時の私はそういうところが素敵だって思いました。でも、打ち解ければ打ち解けるほど、だんだん無神経でおかしな言動が増えてきて、それで……」
「ああ、一番厄介なタイプですね。最初は良い顔をして、聞こえのいいことばかり言って来るからこちらも気を許す。それで距離が縮まると、一気に馴れ馴れしく不躾なことを平然と言うようになる。男でも女でも、割といるんですよ、そういうの。私も昔、痛い目に遭いました。まっ、すでに良い思い出ですが」
その冗談めかした言い方がおかしくて、私は微笑した。彼が味方になってくれて、本当に良かったと思う。同時に、言いようのない悲しさが胸に去来する。
「ハンスさん。ウォード軍の中には、あなたのように正しい倫理観を持ちながら、それでも主の命令に逆らえず戦うしかない人たちも、たくさんいるんでしょうね……」
「それはそうですが、戦いとはそういうものです。敵に情けをかけている余裕はありませんよ」
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