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第40話

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 お父様も私と同じ考えに至ったのか、無言で私と門番の顔を見てから頷き、「入りなさい」と言う。それから「失礼します」と声がして、ドアの前で待っていた男が入室した。

 色素の薄い金髪を短く刈り込んだ、逞しい男だった。精悍な声と同じく、精悍な顔つき。一目見ただけで農夫ではないとわかる。農夫も皆、日頃の野良作業で逞しい体をしているが、目がまるで違う。彼の鋭い瞳は、どこか野生のオオカミを彷彿とさせた。

 その鋭い瞳の男は、恭しく礼をして言う。

「すいません。門番がいなかったので、勝手に上がらせてもらいました。で、使用人に話して当主様に取り次いでもらおうと思ったんですけど、使用人も見当たらなくて、それで、この部屋から声がしたもので……」

 彼の言葉を聞き、緊急事態とはいえ長々と門を留守にしていたことを恥じたのか、門番は俯いてしまった。鋭い瞳の男は、身なりでお父様が当主であると判断し、今度はさらに深々と礼をして言う。

「あなたがフォーリー家のご当主、レスター様ですね。自己紹介が遅れました。私はハンス・メッツと言います。……ほんの少し前まで、ウォード家の私兵団の副団長をしていました」

「なにっ!?」

「ご心配なく、もう奴らの飼い犬ではなく、ただの野良犬です。ご主人様に噛みついたら、捨てられてしまったので」

 ご心配なくと言われても、少し前までウォード家私兵団の中で重要な立場にいた人間をまるっきり信用するほどお父様もお人よしではない。ハンスから距離を取り、私を庇うように背中で隠しながら、十分に警戒して言う。

「で、何の用だ、ハンス君。言っておくが、ワシの首を手土産にウォード家に戻るつもりならやめておいた方がいい。そこにいる門番のラリーは、槍を持てば領内一のつわものだ。戦えば後悔することになるぞ」

「この部屋には槍がないようですが……。それに狭い室内では、いかに優れた使い手でも、長い槍を十分に振るって戦うのは難しいですよ」

「うっ。そ、それは……」

「あっ、すいません。そんなことを言いに来たんじゃないんです。言うべきことを言ったら、すぐに出て行きます。……レスター様。すでに報告が上がっていると思いますが、フォーリー家の領民とウォード家の私兵団の間で衝突が起こりました。私兵団はいったん引きましたが、奴らはこれをきっかけに、明日には総攻撃を開始するはずです。すぐにでも何か対策を講じた方がいい」

 お父様は絶句した。

 そして、深く目をつむって逡巡する。

 ウォード家私兵団の副団長だったハンスが、何故わざわざそんなことを言いに来たのか――その理由について考えているのか、それとも『私兵団が明日には総攻撃を開始する』という絶望的な宣告に対する解決法を考えているのか、あるいは、その両方か……
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