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第39話

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「当たっていなくても『当たって打撲した』と言うことはできる。そして、国王陛下が派遣した調査隊が調べるころには、本当に打撲があったかどうかなどわからない。こういう『やったやってない』『言った言わない』というもめごとは、最終的に発言権のある方が勝つのだ。真実がどうであれな」

「では……」

「『フォーリー家が先に手を出した』という口実で、これから領地そのものを侵略に来るかもしれない。奴らが威嚇行動を開始したときから、こういう日が来るかもしれないことは覚悟していたが……」

 それはまさに、悪夢のような話だった。お父様は『侵略に来る"かもしれない"』と言ったが、私には確信があった。あのエリックが、溺愛するキャロルに石を投げられてこのままで済ませるはずがない。いったん兵を引かせたのも、演習用の装備ではなく、本格的な装備をしてフォーリー領に攻め入るためだろう。

 なんてことなの。あのくだらない男との婚約破棄が、領地の存亡をかけた問題にまで発展してしまうなんて。……私がすべてを我慢していれば、こんなことにはならなかったのだろうか。しかし、エリックとキャロル、そしてウォード家の異常性を知れば知るほど、あんな人たちと同族になることなどできなかっただろうとも思う。

 ならせめて、もっと穏便に婚約を解消すべきだったのだろうか。……いや、エリックのことだ。それでも自分のプライドを傷つけられたと憤慨し、結局は同じことになっていた気もする。

 何より、今さらそんなことを考えて何になるのか。とにかく今は、領民に対する被害を最小限に抑える方法を考えなくては。

 その時、当主室のドアがコンコンとノックされた。ほんのわずかの間をおいて、若い男の精悍な声が響いてくる。

「すいません、立派なドアなので、たぶんここがフォーリー家当主様の執務室か何かだと思うのですが、入ってもよろしいでしょうか?」

 知らない声だった。フォーリー家には使用人が何人かいるが、皆壮年であり、一番若いのが、三十代前半の門番である。しかし今の声は二十代の若者のものだった。しかも彼は『たぶんここがフォーリー家当主様の執務室か何かだと思うのですが』とあやふやなことを言っているので、どう考えてもうちの使用人ではない。

 いつウォード家からの攻撃が始まってもおかしくない場面で、見知らぬ男が当主の部屋の前までやって来た――

 この状況に、部屋の中にいる私たち三人は一斉に身を固くした。しかし同時に、私には、部屋の前にいる彼が恐らく敵ではないという余裕もあった。本当の敵――侵略者なら悠長に声などかけず、ドアを蹴り飛ばして乗り込んでくるだろうから。
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