33 / 68
第33話
しおりを挟む
「過去の歴史を紐解けば、こういう時に、各地の豪族とでも言うべき有力な地方領主が、勝手に争いを起こして領地を広げてしまうことがある。それだけは何としても阻止しなければならん」
「まさか、ウォード家が我がフォーリー家の領地を切り取るために私争を仕掛けてくるというのですか?」
自分で『まさか』とは言ったものの、十分にあり得る話だった。何せ、向こうの兵士はもう嫌というほど訓練を済ませており、監督者である大公様も国王陛下も咎める様子がない。この様子では、攻めてこない方が不自然なほどだ。
「いや、さすがに何かのきっかけがない限りは、いくら強引なウォード家とはいえそこまでのことはできないだろう。地方領主同士の恣意的な私争は国法に違反するからな」
「逆に言えば、何かのきっかけがあれば、攻めてくると」
「そういうことになるな……。うぐぐ……ストレスで胸が痛む。この時期はもともと体調がすぐれないことが多いが、こんなことは初めてだ。何かの拍子に心臓が止まってしまわないか心配だよ。ワシももう若くないからな」
「そんな、縁起でもない……」
その時だった。私たちのいる当主室のドアが乱暴に開け放たれる。今まで相談していた話が話なので、一瞬ウォード家の私兵たちが突入してきたのかと思ったが、入って来たのはフォーリー家の門番だった。私とお父様は顔を見合わせてホッとし、それからお父様がちょっとだけ口を尖らせる。
「ど、どうしたんだ、ノックもしないで。心臓が止まるどころか、爆発するかと思ったぞ」
「も、申し訳ありません。緊急事態……あああ、これまでにない緊急……緊急事態で……俺……わたし……わたくしめは……慌てて報告に……ああああああ……どうすればいいのでしょう……!」
普段は落ち着いている彼が、青ざめた顔で要領を得ない話し方をするので、報告を聞かなくてもとんでもないことが起こったのはすぐにわかった。ただちに仔細を聞きたかったが、緊張で喉が渇ききった彼に水を飲ませ、心が一応は落ち着くまでに三分もかかってしまった。
大急ぎで報告をしにきた門番がこれでいいのかとも思うが、フォーリー領はこれまでトラブルらしいトラブルもない、平和で牧歌的な世界だった。彼もここ最近はずっと不安だったに違いないし、そこで『緊急事態』なるものが起こったら、これほど取り乱すのも無理はないことなのかもしれない。
お父様が、改めて彼に問いかける。
「落ち着いたか? それでいったい、何が起こったのだ?」
門番は瞳を閉じ、口ごもった。まるで『緊急事態』の内容を口にするのを怯えているようなそぶりである。……つまり、言葉にするのも恐ろしいことが起こったということか。それでも、ずっと黙っているわけにはいかないと覚悟を決めたのか、彼はゆっくりと唇を開いた。
「ウォ、ウォード家の私兵団と、フォーリー領の農民たちとの間で、戦闘が始まってしまいました……」
それは、世界の終わりを告げるような、残酷な現実だった。
――――――――――――――――――――――――――
次回は少しだけ時間をさかのぼって、
キャロルの視点で物語が進行します。
「まさか、ウォード家が我がフォーリー家の領地を切り取るために私争を仕掛けてくるというのですか?」
自分で『まさか』とは言ったものの、十分にあり得る話だった。何せ、向こうの兵士はもう嫌というほど訓練を済ませており、監督者である大公様も国王陛下も咎める様子がない。この様子では、攻めてこない方が不自然なほどだ。
「いや、さすがに何かのきっかけがない限りは、いくら強引なウォード家とはいえそこまでのことはできないだろう。地方領主同士の恣意的な私争は国法に違反するからな」
「逆に言えば、何かのきっかけがあれば、攻めてくると」
「そういうことになるな……。うぐぐ……ストレスで胸が痛む。この時期はもともと体調がすぐれないことが多いが、こんなことは初めてだ。何かの拍子に心臓が止まってしまわないか心配だよ。ワシももう若くないからな」
「そんな、縁起でもない……」
その時だった。私たちのいる当主室のドアが乱暴に開け放たれる。今まで相談していた話が話なので、一瞬ウォード家の私兵たちが突入してきたのかと思ったが、入って来たのはフォーリー家の門番だった。私とお父様は顔を見合わせてホッとし、それからお父様がちょっとだけ口を尖らせる。
「ど、どうしたんだ、ノックもしないで。心臓が止まるどころか、爆発するかと思ったぞ」
「も、申し訳ありません。緊急事態……あああ、これまでにない緊急……緊急事態で……俺……わたし……わたくしめは……慌てて報告に……ああああああ……どうすればいいのでしょう……!」
普段は落ち着いている彼が、青ざめた顔で要領を得ない話し方をするので、報告を聞かなくてもとんでもないことが起こったのはすぐにわかった。ただちに仔細を聞きたかったが、緊張で喉が渇ききった彼に水を飲ませ、心が一応は落ち着くまでに三分もかかってしまった。
大急ぎで報告をしにきた門番がこれでいいのかとも思うが、フォーリー領はこれまでトラブルらしいトラブルもない、平和で牧歌的な世界だった。彼もここ最近はずっと不安だったに違いないし、そこで『緊急事態』なるものが起こったら、これほど取り乱すのも無理はないことなのかもしれない。
お父様が、改めて彼に問いかける。
「落ち着いたか? それでいったい、何が起こったのだ?」
門番は瞳を閉じ、口ごもった。まるで『緊急事態』の内容を口にするのを怯えているようなそぶりである。……つまり、言葉にするのも恐ろしいことが起こったということか。それでも、ずっと黙っているわけにはいかないと覚悟を決めたのか、彼はゆっくりと唇を開いた。
「ウォ、ウォード家の私兵団と、フォーリー領の農民たちとの間で、戦闘が始まってしまいました……」
それは、世界の終わりを告げるような、残酷な現実だった。
――――――――――――――――――――――――――
次回は少しだけ時間をさかのぼって、
キャロルの視点で物語が進行します。
63
お気に入りに追加
1,806
あなたにおすすめの小説
私は家のことにはもう関わりませんから、どうか可愛い妹の面倒を見てあげてください。
木山楽斗
恋愛
侯爵家の令嬢であるアルティアは、家で冷遇されていた。
彼女の父親は、妾とその娘である妹に熱を上げており、アルティアのことは邪魔とさえ思っていたのである。
しかし妾の子である意網を婿に迎える立場にすることは、父親も躊躇っていた。周囲からの体裁を気にした結果、アルティアがその立場となったのだ。
だが、彼女は婚約者から拒絶されることになった。彼曰くアルティアは面白味がなく、多少わがままな妹の方が可愛げがあるそうなのだ。
父親もその判断を支持したことによって、アルティアは家に居場所がないことを悟った。
そこで彼女は、母親が懇意にしている伯爵家を頼り、新たな生活をすることを選んだ。それはアルティアにとって、悪いことという訳ではなかった。家の呪縛から解放された彼女は、伸び伸びと暮らすことにするのだった。
程なくして彼女の元に、婚約者が訪ねて来た。
彼はアルティアの妹のわがままさに辟易としており、さらには社交界において侯爵家が厳しい立場となったことを伝えてきた。妾の子であるということを差し引いても、甘やかされて育ってきた妹の評価というものは、高いものではなかったのだ。
戻って来て欲しいと懇願する婚約者だったが、アルティアはそれを拒絶する。
彼女にとって、婚約者も侯爵家も既に助ける義理はないものだったのだ。
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。
待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。
妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。
……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。
けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します!
自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。
許してもらえるだなんて本気で思っているのですか?
風見ゆうみ
恋愛
ネイロス伯爵家の次女であるわたしは、幼い頃から変わった子だと言われ続け、家族だけじゃなく、周りの貴族から馬鹿にされ続けてきた。
そんなわたしを公爵である伯父はとても可愛がってくれていた。
ある日、伯父がお医者様から余命を宣告される。
それを聞いたわたしの家族は、子供のいない伯父の財産が父に入ると考えて豪遊し始める。
わたしの婚約者も伯父の遺産を当てにして、姉に乗り換え、姉は姉で伯父が選んでくれた自分の婚約者をわたしに押し付けてきた。
伯父が亡くなったあと、遺言書が公開され、そこには「遺留分以外の財産全てをリウ・ネイロスに、家督はリウ・ネイロスの婚約者に譲る」と書かれていた。
そのことを知った家族たちはわたしのご機嫌伺いを始める。
え……、許してもらえるだなんて本気で思ってるんですか?
※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。
婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~
ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
男爵家の次女として生まれたシエルは、姉と妹に比べて平凡だからという理由で、父親や姉妹からバカにされ、虐げられる生活を送っていた。
そんな生活に嫌気がさしたシエルは、とある計画を考えつく。それは、婚約者に社交界で婚約を破棄してもらい、その責任を取って家を出て、自由を手に入れるというものだった。
シエルの専属の執事であるラルフや、幼い頃から実の兄のように親しくしてくれていた婚約者の協力の元、シエルは無事に婚約を破棄され、父親に見捨てられて家を出ることになった。
ラルフも一緒に来てくれることとなり、これで念願の自由を手に入れたシエル。しかし、シエルにはどこにも行くあてはなかった。
それをラルフに伝えると、隣の国にあるラルフの故郷に行こうと提案される。
それを承諾したシエルは、これからの自由で幸せな日々を手に入れられると胸を躍らせていたが、その幸せは家族によって邪魔をされてしまう。
なんと、家族はシエルとラルフを広大な湖に捨て、自らの手を汚さずに二人を亡き者にしようとしていた――
☆誤字脱字が多いですが、見つけ次第直しますのでご了承ください☆
☆全文字はだいたい14万文字になっています☆
☆完結まで予約済みなので、エタることはありません!☆
真実の愛がどうなろうと関係ありません。
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。
婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。
「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」
サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。
それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。
サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。
一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。
若きバラクロフ侯爵レジナルド。
「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」
フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。
「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」
互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。
その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは……
(予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)
あなたに未練などありません
風見ゆうみ
恋愛
「本当は前から知っていたんだ。君がキャロをいじめていた事」
初恋であり、ずっと思いを寄せていた婚約者からありえない事を言われ、侯爵令嬢であるわたし、アニエス・ロロアルの頭の中は真っ白になった。
わたしの婚約者はクォント国の第2王子ヘイスト殿下、幼馴染で親友のキャロラインは他の友人達と結託して嘘をつき、私から婚約者を奪おうと考えたようだった。
数日後の王家主催のパーティーでヘイスト殿下に婚約破棄されると知った父は激怒し、元々、わたしを憎んでいた事もあり、婚約破棄後はわたしとの縁を切り、わたしを家から追い出すと告げ、それを承認する書面にサインまでさせられてしまう。
そして、予告通り出席したパーティーで婚約破棄を告げられ絶望していたわたしに、その場で求婚してきたのは、ヘイスト殿下の兄であり病弱だという事で有名なジェレミー王太子殿下だった…。
※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。
※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。
もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」
婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。
もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。
……え? いまさら何ですか? 殿下。
そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね?
もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。
だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。
これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。
※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。
他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる