妹ばかりを優先する無神経な婚約者にはもううんざりです。お別れしましょう、永久に。【完結】

小平ニコ

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第30話

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「こう見えて、忙しい身でね。僕はなかなか自由な時間を持つことができない。最初にこの草原にやって来たのは、久々の息抜きだったんだ。そこでクリスタ、きみと出会った」

「は、はい……」

「きみの勇気と誠意には感動したし、それ以上に、きみとの語らいは心が弾み、気持ちが安らいだ。こんな人には今まであったことがない。別れた後も、きみのことばかりを考えていたよ」

「…………」

「だから僕はこざかしくも、お礼を遅らせて何度もきみと会おうとしたんだ。『僕自らが命の恩人にお礼を渡す』という口実を作らないと、周囲の人間が勝手な外出を許してくれないからね」

 口実がないと勝手な外出を許されないって、どういう立場の人なんだろう? どこか他の国の人質としてやって来てる人……とか?

 私のフォーリー家が属するトゥルコ王国は、他国と同盟を結ぶ際、相手が小国の場合は、その国の重鎮の親族を人質代わりに国内に住まわせておくことがあるらしいから、もしかしたらそれかもしれない。

 だとしたら、ブライスが簡単に身分を明かさないのも当然だし、思ったよりずっと苦しい立場にいる人なのかもしれない。……しかし今は彼の出自よりも、彼が私のことを想ってくれていたという事実にめまいがして、ぐるぐると世界が回っていた。

 いつだったかエリックに抱いた『不快と衝撃のめまい』ではない。『驚きと喜びのめまい』だ。人間は突然訪れた不幸でめまいを起こすこともあれば、突然訪れた幸福でふらふらとめまいを起こすこともあるのだと、私はこの時初めて知った。

 あとはもう、勢いだった。まだ半分めまいが残ったまま、高熱に浮かされたように、私は想いのすべてを打ち明ける。ブライスが、私に想いを打ち明けてくれたように――

「私も、ブライスさんが好きです……。あなたの言う通り、たった数回あっただけなのに、こんなこと初めてです。最近思い悩むことばかりでしたけど、あなたとまた会えると思うだけで、幸せで、胸が温かくなりました。だから、あなたも私のことを想ってくれていたと知って、私……私……」

 ブライスは何も言わずに、慈愛のこもった微笑で頷き、私を抱きしめた。これ以上言葉を交わす必要はなかった。エリックのように『話が通じないから』ではない。言葉がなくても『心が通じ合っている』と確信できるから。

 そして私たちは口づけした。

 貴族社会において、短い付き合いの相手と唇を触れ合わせることは、普通ならふしだらだと卑下される行為だ。しかし私は、ブライスとのキスを『ふしだらな行為』だとは少しも思わなかった。

 だってこれ以後一生、彼以外の男と口づけすることはないだろうと心から思っているから。付き合いが短かろうが長かろうが、運命の相手とのキスにふしだらも何もあるものですか。

 私の心と体は、これ以上ない幸福に包まれた――
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