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第26話

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 そしてブライスは、慣れた動きでノームに跨り、軽快に周囲を走り回った。その動作で、『きみの言葉を疑うわけじゃない』と述べた彼の言葉が偽りではないとすぐに分かった。私が嘘を言っていると疑っていたら、危険な草原で、とてもこんなふうに馬を走らせることはできない。彼の信頼が、とても嬉しかった。

 ブライスは馬上から私を見て、やや興奮気味に言う。

「これは……すごい……! いや、なんて言っていいのか……! 幼稚な感想だが、すごいとしか言えないよ……! こんなことが、本当にあり得るなんて! クリスタ、きみの家は最高の厩舎だ! 間違いなく、王国一の調練技術があるよ!」

 ブライスは驚きと興奮のままに、少しだけ遠くに早駆けに行く。彼の視線が離れたことで、私は不覚にも涙をこぼした。

『きみの家は最高の厩舎だ』
『間違いなく王国一の調練技術がある』

 フォーリー家の誇りを認めてくれる言葉。
 胸が震える言葉。

 嬉しい。
 幸福とは、こういうことを言うのだろう。

 だからどうしても、涙がこらえきれなかった。





 草原を軽く一回りしてブライスが戻ってきたころには、私の涙は止まっていた。ささやなか落涙なので、目が真っ赤に染まることもなく、泣いていたことを彼に悟られるようなことはなかった。

 ブライスは私を見て、どこか照れくさそうに言う。

「クリスタ。僕は大変なことを忘れていたよ」

「なんでしょう?」

「きみに命を救われ、優れた馬を貸してもらい、ノームを預かって調練までしてもらったというのに、お礼を持ってくるのを忘れてしまった。いや、これは大変な失態だ」

「そんな、お礼なんて……」

 あなたからかけていただいた言葉で十分です――

 私がそう言うより早く、ブライスは言葉を続ける。

「だから今度、改めてお礼を持ってくるよ。今回も時間が空くのは一週間後になるが、必ずやって来る。またきみと会えるのを楽しみにしているよ」

 先程よりもいっそう照れくさそうにそう言うと、ブライスはノームを駆り、草原を走って行った。私が乗っているときも見事な走りを見せたノームだったが、さすがに本来の主人の騎乗には負ける。ノームとブライスはまさしく飛ぶような鮮やかさで、たちまち視界から消えてしまった。

 心の中に、寂しさと共に温かな感情が生まれていた。

『またきみと会えるのを楽しみにしているよ』

 また、彼に会えるんだ――
 そう思うと、どんな苦難にも耐えられそうな気がした。





 ブライスとの幸福な再会から二日後。エリックがまたしても私兵団を率いて、我がフォーリー家の領内で軍事教練を始めた。しかも今回は、前回のように『少し領地の境界線をまたいだ』というレベルではなく、ハッキリとこちらの領内で兵士たちを動かしているのである。

 もう十分理解していたことだが、これは完全に軍事教練の皮を被った威圧行動であり、陰湿な嫌がらせだ。彼らに直接抗議しても、もはや何の意味もない。なのでお父様は手紙をしたため、地方領主の監督官である大公様と国王陛下に、エリックとウォード家の傍若無人な行動を直訴した。
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