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第19話

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 恐らく門番は、私とエリックの婚約が破棄されたことをまだ知らないのだろう。さあ、彼から連絡を受けたエリックに私と会う気があるか、それとも顔も見たくないと面会を拒否されるか(私が本当に文句を言いたいのは当主のラスールで、今のところエリックはどうでもいいんだけど……)。

 しばらく待つと門番が戻って来て、「中にお通しするように仰せつかりました、どうぞ」と言い、私を屋敷内に案内する。これまでも何度か来ているので、案内されなくても部屋の配置は分かっている。このまま走り出し、エントランスを抜けて、ラスールのいるであろう当主の部屋に怒鳴り込みたい気分だった。

 しかしそんな蛮行は、さすがに門番に制止されるだろう。私はとりあえず、案内されるままに応接室に通された。……そこにはエリックとキャロルがいた。婚約破棄によって彼らと接点が無くなった私が突然訪ねてきたというのに、二人の顔に驚きはない。その代わり、いやらしい笑みが張り付いている。

 擬音で形容するなら『ニヤニヤ』『ニタニタ』『ニチャニチャ』……と言ったところだろうか。粘着質の、本当に嫌な笑いだった。生理的な嫌悪感を覚え、背筋にゾワッと悪寒が走った。

 門番が出て行き、広大な応接室に私とエリック、そしてキャロルだけが取り残される。一番最初に口を開いたのは、やはりというか、いつもやかましいキャロルだった。

「ねえ、何の用? あんた、私たちとは縁を切ったんじゃなかったのぉ? それとも、今さら自分の馬鹿さ加減に気づいて、お兄様によりを戻してほしいって頼みに来たのかしら?」

 この子の相手をするつもりはなかった。
 する意味がないから。

 私はキャロルに顔を向けもせず、エリックに言う。

「エリック、あなたのお父様に会いたいの。話を通してもら……」

 話を通してもらえないかしら。

 その要求は、最後まで口に出すことができなかった。キャロルがどこかから持ってきた水差しを私に向け、思いっきり冷や水を浴びせたからである。

「うぅっ……!」

 予想もしていなかった行動に、小さく呻きを上げてしまう。幼い頃、川で水をかけあう遊びをしたことくらいはあるが、誰かから悪意を持って水を浴びせかけられるなど、生まれて初めての経験だった。

 キャロルがこれ以上ない陰湿な笑いを浮かべながら囀る。

「あんたさぁ、ば~っかじゃないの? この地域一帯の最大実力者であるラスールお父様が、カス貴族のフォーリー家のカス娘であるあんたと、なんで会わなきゃいけないのよ? 身の程をわきまえるって言葉、知らないの? 本当にカスね。馬の相手ばかりしてると、知能も馬並みになっちゃうのかしら? あ~、やだやだ」
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