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第16話(エリック視点)

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 許せん。

 はらわたが煮えくり返るとはまさにこのことだ。

 クリスタめ、汚らしい下男のように馬の世話をすることしか能のない小貴族の娘のくせに。この俺に向かって『婚約を解消しましょう』だと? 『あなたと結婚生活を営んでいけるとはとても思えません』だと?

 お前がどう思うかなんて関係ない。決めるのは俺だ。妻は夫の言うことを聞いていればいいし、女は男の言うことを聞いていればいい。そんなのは当然のことだ。

 それがあの女は、何もかも自分で決めてしまって、その日のうちに役所で婚約破棄の手続きまで終えたらしい。目の前にある、ご丁寧にも速達で送られてきた『婚約解消完了』の書類を見ていると、怒りで頭がどうかしそうになる。

 俺が悪かったのか?

 俺が悪いというのなら、いったい何がいけなかった?

 いや、いけなかったことなどない。
 少なくとも、俺の方に問題などあるはずがない。

 自分で言うのもなんだが、俺は優しい。何事にも強硬な手段を取る父上に比べれば、慈悲の化身と言っても差し支えないほど優しい。クリスタにも十分に優しくしてきた。あの女だって、俺のことを優しい人だと言っていた。

 そんな優しい俺を、クリスタは裏切ったのだ。
 それも、公衆の面前で婚約破棄を突き付けるという最低のやり方で。

 つまり、いけなかったのは俺ではなく、全面的にクリスタだ。あいつにとっては、俺の愛情と信頼などどうでもいいことだったらしい。だから、よく分からない気まぐれで俺を捨てたのだ。

 あんなに愛してやったのに!

 あんなに愛してやったのに!

 あんなに愛してやったのに!

 許せん!

 ……いや、許せないのはそれだけではない。

 あいつは、最愛の妹であるキャロルをも侮辱した。

『黙りなさい、小娘』だと?
『一生馬鹿のまま』だと?

 侮辱するにしたって、言っていいことと悪いことがある。許せん。許せん。許せん。天使のように愛らしいキャロルを傷つけた奴を、俺はこれまで一度だって許したことはない。相手が誰であろうと、泣いて後悔するまで追いつめてやった。

 そういえばクリスタの奴、こんなことも言っていたな。

『私を恨み、何らかの攻撃をするというならご自由に。こちらも受けて立ちます』

 どこまでも生意気な奴だ。ほんの少し前の俺は、よくもこんな高慢な女と結婚するつもりでいたものだ、正気を疑うぞ。

 ……ふん。
『こちらも受けて立ちます』だと?

 いかにも、気ばかり強くて知恵の足りない馬鹿女の言いそうなことだ。我がウォード家とフォーリー家の力の違いを知らないのか? 貧弱な馬ごときが、強大なる獅子の攻撃をどう受けて立つというのだ? 多少の無知なら可愛いものだが、ここまでくると呆れるしかない。

 まあいい。

 ならば教えてやるか。

 無知な馬鹿女に、お前が誰を怒らせたのか、思い知らせてやる。
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