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第14話
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「えっと、一人でいるのが好きなんです。最近ちょっと疲れることが多かったので、家族にも許可を貰って、心の落ち着くところでゆっくりしていたと言いますか……まあ、そんな感じです」
「じゃあ、邪魔してしまったね」
「いえ、そろそろ一人にも飽きてきてたので、こうしてブライスさんとお話しできて楽しいですよ」
嘘偽りのない本心だった。特別なことや、面白おかしいことを話しているわけではないのに、ブライスとの会話は何故かとても楽しかった。
「きみに楽しんでもらえたのなら、危ない思いをしたのも無駄じゃなかったかな。……なんてことを言っていたら、ノームに怒られてしまうね」
彼がそう言い終わるのと同時に、ノームが「ヒヒィン」と高く嘶いたので、二人して笑ってしまった。誰かと、こんなふうに楽しい時間を過ごすのはどれだけぶりだろう。こうしていると、やっぱりずっと一人ぼっちでいるのは寂しいことなんだなと思い知る。
それから私たちは隣り合って座り、天気がどうだの、最近王都で流行っているお芝居がどうだのと、とりとめのない話をした。そうこうしているうちに時間は流れ、ブライスは太陽の傾き具合から現在の時刻を判断したのか、「そろそろ帰らないと」と立ち上がった。
もう帰っちゃうのか……
そう思うと、不意に私の胸に切ない痛みが走る。誰かとの別れを惜しむなんて、まだずっと私が幼かった頃の、楽しいお誕生日パーティーがお開きになった時以来かもしれない。いや、この気持ちは、楽しい時間が終わって寂しいのとはまた少し違うような、そんな気もするけど……
しかしそこで、当然と言えば当然の問題が持ち上がった。デリケートなノームの足で、この穴だらけの草原をどうやって引き返すのかということだ。ノームは見るからに優れた馬なので、少し調練すればいずれは悪路も進めるようになるだろうが、それでも、とても一日二日でできることではなかった。
ブライスはしきりに太陽を見て、過ぎゆく時間を気にしている。どうやら、ここには気晴らしにやって来ただけで、いつまでも草原で時間を潰していられるような人ではないらしい。
私は少し考えて、ある提案をした。
「あの、ブライスさん。お急ぎのようですし、とりあえずノームは私の家で預かっておきましょうか? あと、今から代わりの馬を急いで連れてきます。うちにも優れた馬がたくさんいますので」
「それはありがたい話だけど、そこまでしてもらうわけには……」
「いいんです。それに、このままブライスさんを行かせるということは、悪路に慣れていないノームにこの危ない草原を歩かせるということですから。馬好きの私としては放っておけません」
「そう……だね。僕のことはともかく、これ以上ノームにストレスを与えるのは避けたい。じゃあ、図々しいお願いだとは思うけど、お願いしようかな」
「はい。少し待っててくださいね。すぐに行って戻ってきますから」
足の速さには自信があった。今ではさすがにかけっこする機会などないが、子供の頃は身分の違いなど関係なく、近所の子供たちとこの穴だらけの草原を走り回っていたのだ。少し誇張して言うなら、私は貴族の女性の中で、世界一この草原を早く駆け抜けることのできる女だと思う(競うチャンスはないので、実際にはわからないが)。
「じゃあ、邪魔してしまったね」
「いえ、そろそろ一人にも飽きてきてたので、こうしてブライスさんとお話しできて楽しいですよ」
嘘偽りのない本心だった。特別なことや、面白おかしいことを話しているわけではないのに、ブライスとの会話は何故かとても楽しかった。
「きみに楽しんでもらえたのなら、危ない思いをしたのも無駄じゃなかったかな。……なんてことを言っていたら、ノームに怒られてしまうね」
彼がそう言い終わるのと同時に、ノームが「ヒヒィン」と高く嘶いたので、二人して笑ってしまった。誰かと、こんなふうに楽しい時間を過ごすのはどれだけぶりだろう。こうしていると、やっぱりずっと一人ぼっちでいるのは寂しいことなんだなと思い知る。
それから私たちは隣り合って座り、天気がどうだの、最近王都で流行っているお芝居がどうだのと、とりとめのない話をした。そうこうしているうちに時間は流れ、ブライスは太陽の傾き具合から現在の時刻を判断したのか、「そろそろ帰らないと」と立ち上がった。
もう帰っちゃうのか……
そう思うと、不意に私の胸に切ない痛みが走る。誰かとの別れを惜しむなんて、まだずっと私が幼かった頃の、楽しいお誕生日パーティーがお開きになった時以来かもしれない。いや、この気持ちは、楽しい時間が終わって寂しいのとはまた少し違うような、そんな気もするけど……
しかしそこで、当然と言えば当然の問題が持ち上がった。デリケートなノームの足で、この穴だらけの草原をどうやって引き返すのかということだ。ノームは見るからに優れた馬なので、少し調練すればいずれは悪路も進めるようになるだろうが、それでも、とても一日二日でできることではなかった。
ブライスはしきりに太陽を見て、過ぎゆく時間を気にしている。どうやら、ここには気晴らしにやって来ただけで、いつまでも草原で時間を潰していられるような人ではないらしい。
私は少し考えて、ある提案をした。
「あの、ブライスさん。お急ぎのようですし、とりあえずノームは私の家で預かっておきましょうか? あと、今から代わりの馬を急いで連れてきます。うちにも優れた馬がたくさんいますので」
「それはありがたい話だけど、そこまでしてもらうわけには……」
「いいんです。それに、このままブライスさんを行かせるということは、悪路に慣れていないノームにこの危ない草原を歩かせるということですから。馬好きの私としては放っておけません」
「そう……だね。僕のことはともかく、これ以上ノームにストレスを与えるのは避けたい。じゃあ、図々しいお願いだとは思うけど、お願いしようかな」
「はい。少し待っててくださいね。すぐに行って戻ってきますから」
足の速さには自信があった。今ではさすがにかけっこする機会などないが、子供の頃は身分の違いなど関係なく、近所の子供たちとこの穴だらけの草原を走り回っていたのだ。少し誇張して言うなら、私は貴族の女性の中で、世界一この草原を早く駆け抜けることのできる女だと思う(競うチャンスはないので、実際にはわからないが)。
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