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第6話

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 それにしても、ルーカード神父に『聖女エルディット様』などと呼ばれるのは、どうにも気恥ずかしい。私は頬を染め、言う。

「あの、神父様。私はもう聖女ではありませんし、そんなふうに呼ばないでください。えっと、ほら、他の人たちに聞かれたら、私がアデライド王国の聖女だったってバレてしまいますし……」

 その言葉で、ルーカード神父は苦笑した。
 苦い微笑ではあるが、初めて見た、ルーカード神父の笑顔だった。

「その通りですね、うかつでした。ではこれからも、いつも通りでいきましょう」

「はい、ありがとうございます」

「シスター・エルディット。あなたが何者で、これまで何をしてきたかは、もう問題ではありません。この教会で働く他のシスターも、祈りを捧げに来る人々も、それぞれ、過去にはいろいろあるものです。もちろん、私も。だから、お互いに過ぎたことに思いを馳せるより、未来のことを考えて生きていきましょう」

 それは、過去を忘れて生きていきたいと思っている私にとって、とてもありがたい言葉だった。





 そしてまた、いつも通りの日常が始まった。『過ぎたことに思いを馳せるより、未来のことを考えて生きていきましょう』という言葉通り、ルーカード神父は、私を元聖女として特別扱いすることもなく、これまでと同じように接してくれた。

 予想通りというべきか、魔物たちが再びやって来るようなことはなかった。聖女の力に恐れをなしたのだろう。この辺りは、元々治安が良いし、平和な日々がのんびりと続いていく。

 もちろん、多少のトラブルは発生する。

 どこで生活していても、嫌な人と遭遇することはあるし、時には思いがけない事故で怪我をすることもある。どんなに気をつけていても、病気になることもある。

 だが、それが人生というものだ。
 完全無欠の、完璧なる人生なんて存在しない。

 皆、多少のトラブルを抱えながらも、そういうものだと割り切って、自分の人生を受け入れていくのだ。この私にも、将来、どんなことが起こるか分からないが、少なくとも私は今、幸せだった。

 そんな時、教会を訪れた行商人から、妙な噂を聞いた。

「ワシは仕事柄、色々な国を行ったり来たりするんだが、最近、アデライド王国が、なんかおかしいんだよ」

 行商人は、訝しげな顔で、そう言ったのだ。

 正直言って私は、もはやアデライド王国に何の関心もなかったが、それでも『なんかおかしい』という意味深な言い方をされると、変に気になってしまい、詳しく尋ねることにした。

「なんかおかしいって……具体的に、どうおかしいんです?」

「いや、それがさ、簡単に入国できなくなったんだ。それに、アデライド王国の中の人も、自由に出国したりできないらしい。あれじゃ、経済が停滞しちゃうと思うんだけどなぁ。まあ、でかい国だから、貿易せず、国内の商いだけでも、やっていけるのかもしれないけどね」

「へえ……」

 つまりは、出入国の審査が厳しくなったということか。
 別に、そんなに訝しがることでもない気がするけど……

 まあ、何にしても、今の私にとってアデライド王国は、関係のない国だ。特に深く考える必要もないだろう。私はその後もこの教会でシスターとして過ごし、平和で穏やかな毎日を送るのだった。



 ……後になって分かったことだが、行商人の述べていた『出入国の審査の厳格化』は、それからアデライド王国が辿った狂った道のりの、第一段階に過ぎなかったのである。
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