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第44話
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「えっ、ちょっ、あなた、ジェランドさんに会ったの!? いつの間に!?」
「ふふ、私の行動力を舐めないでほしいわね。この際だから言っちゃうけど、これまでも、姉さんと良い感じになりそうな男には、私が裏で色々と手を付けて邪魔してたのよ。姉さん、自分で思ってるよりモテるから、結構大変だったわ」
「な、なんでそんなことを……」
「だって、大好きな姉さんが、くだらない男に引っかかったら大変じゃない。一応言っておくけど、あのヘイデールさんだって、私より姉さんを大切にする誠実な人だったなら、私、彼の妹になりきるのなんか、すぐやめるつもりだったのよ。でも、アレは駄目だわ。たとえ私とのことがなくっても、アレと結婚してたら、たぶん姉さん、不幸になってたわよ」
「アレって……」
「何よ。あんなダメ男、アレで充分でしょ。その点、あの執事さんなら安心だわ。……あはっ、それにしても、姉さんとこんなにお喋りできたの、いつ以来かしらね。少なくともここ数年は、こんなふうに、自然に喋れてなかったわよね。姉さん、私に対して、いつもビクビクしてたから」
「そうね。……私があなたを怖がらず、真正面から向き合ってたら、もう少し早く、あなたを理解してあげられていたのかしら」
「どうかな。明日には姉さんが旅立ってしまう、最後の夜だから、こうしてお互い、率直に心をぶつけ合えたわけだし。いつも通りの暮らしが続いてたら、きっとこうはならなかったと思うわ」
「そう……かもしれないわね」
「それに、姉さんはちゃんと、私と向き合おうとしてくれてたわ。その優しさをぶち壊してきたのは、いつも私の方。それだけのことよ」
「…………」
「さて、と。言いたいことも全部言えたし、私、そろそろ部屋に戻って寝るわね。おやすみ、姉さん」
そう言うと、軽やかに身を翻し、部屋を出て行こうとするアリエット。
……大嫌いだったアリエットの、私に対する想いと、複雑な心情を知り、私は最後にどういう言葉をかけるべきか迷った。そして、アリエットがドアノブに手をかけた時、やっと思考がまとまって、それが、別れの挨拶となって口から発せられる。
「さようなら、アリエット。……私、幸せになるわ。だから、あなたも、幸せになって」
アリエットは振り返り、自嘲的な笑顔で言う。
「幸せを感じられない人間に『幸せになって』とは、なかなか手厳しいわね、姉さん」
私はアリエットから瞳をそらさず、まっすぐに彼女の二つの目を見据え、先程よりも力強く、エールを送るように、言う。
「それでも、幸せになってほしいの。普通の姉妹みたいにはなれなかったけど、あなたは私の妹だから……」
そんな私の言葉に対し、アリエットは肩をすくめ、小さく息をふぅっと吐いた。呆れているようにも、困っているようにも、照れているようにも感じる、そんな溜息だった。
「まっ、できるだけ頑張ってみるわ。……さよなら、姉さん」
そして、アリエットは部屋を出て行った。
これが、妹とかわした、生涯最後の会話だった。
「ふふ、私の行動力を舐めないでほしいわね。この際だから言っちゃうけど、これまでも、姉さんと良い感じになりそうな男には、私が裏で色々と手を付けて邪魔してたのよ。姉さん、自分で思ってるよりモテるから、結構大変だったわ」
「な、なんでそんなことを……」
「だって、大好きな姉さんが、くだらない男に引っかかったら大変じゃない。一応言っておくけど、あのヘイデールさんだって、私より姉さんを大切にする誠実な人だったなら、私、彼の妹になりきるのなんか、すぐやめるつもりだったのよ。でも、アレは駄目だわ。たとえ私とのことがなくっても、アレと結婚してたら、たぶん姉さん、不幸になってたわよ」
「アレって……」
「何よ。あんなダメ男、アレで充分でしょ。その点、あの執事さんなら安心だわ。……あはっ、それにしても、姉さんとこんなにお喋りできたの、いつ以来かしらね。少なくともここ数年は、こんなふうに、自然に喋れてなかったわよね。姉さん、私に対して、いつもビクビクしてたから」
「そうね。……私があなたを怖がらず、真正面から向き合ってたら、もう少し早く、あなたを理解してあげられていたのかしら」
「どうかな。明日には姉さんが旅立ってしまう、最後の夜だから、こうしてお互い、率直に心をぶつけ合えたわけだし。いつも通りの暮らしが続いてたら、きっとこうはならなかったと思うわ」
「そう……かもしれないわね」
「それに、姉さんはちゃんと、私と向き合おうとしてくれてたわ。その優しさをぶち壊してきたのは、いつも私の方。それだけのことよ」
「…………」
「さて、と。言いたいことも全部言えたし、私、そろそろ部屋に戻って寝るわね。おやすみ、姉さん」
そう言うと、軽やかに身を翻し、部屋を出て行こうとするアリエット。
……大嫌いだったアリエットの、私に対する想いと、複雑な心情を知り、私は最後にどういう言葉をかけるべきか迷った。そして、アリエットがドアノブに手をかけた時、やっと思考がまとまって、それが、別れの挨拶となって口から発せられる。
「さようなら、アリエット。……私、幸せになるわ。だから、あなたも、幸せになって」
アリエットは振り返り、自嘲的な笑顔で言う。
「幸せを感じられない人間に『幸せになって』とは、なかなか手厳しいわね、姉さん」
私はアリエットから瞳をそらさず、まっすぐに彼女の二つの目を見据え、先程よりも力強く、エールを送るように、言う。
「それでも、幸せになってほしいの。普通の姉妹みたいにはなれなかったけど、あなたは私の妹だから……」
そんな私の言葉に対し、アリエットは肩をすくめ、小さく息をふぅっと吐いた。呆れているようにも、困っているようにも、照れているようにも感じる、そんな溜息だった。
「まっ、できるだけ頑張ってみるわ。……さよなら、姉さん」
そして、アリエットは部屋を出て行った。
これが、妹とかわした、生涯最後の会話だった。
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