7 / 48
第7話
しおりを挟む
ドアを閉める間際まで、アリエットは、ずっと私を見て、笑っていた。
穏やかで、優しくて、それでいて可愛らしい笑みだったが、私は何故か、子供の頃に見た蛇の顔を思い出してしまい、妹に対してそんなことを思う自分を、恥じた。
・
・
・
それから、アリエットがヘイデールに接する機会は、目に見えて減った。
『姉さんが嫌なら、私、ヘイデールさんとはあまり顔を合わせないようにするわね』
アリエットはニコニコ笑顔でそう言い、もう、私とヘイデールのデートについてくるようなことはなかったし、ヘイデールを自宅に招いた時も、そっけない挨拶をするだけで、視線すら合わせようとしなかった。
もしかしてアリエットは、私が思っている以上に、『私とヘイデールの間に割り込むな』と抗議されたことにショックを受けているのかもしれない。……それも当然か。アリエットには、私とヘイデールの邪魔をする気なんて、まったくなかったのだから。
純粋に、姉の婚約者と仲良くしようとしていただけの妹に、私はなんて酷いことを言ってしまったんだろう。今度、改めてアリエットに謝ろう。
……おめでたい私は、アリエットに対し、心からの罪悪感を覚え、真剣に謝ろうと思っていた。そう、『あの日』が来るまでは。
・
・
・
その日、雑貨屋での仕事が早めに終わった私は、まだ日が落ちきる前に、帰路についていた。
風もなく、柔らかな夕暮れの光がなんだか心地よくて、散歩がてら、少し遠回りして家に帰ろうと思い、近くの自然公園へと足を延ばす。色とりどりの花が咲き誇り、夕焼けに照らされた木々が橙色に染まる姿は、まるで黄金郷だ。
上機嫌に、鼻唄でも歌いたくなるような気分で歩いていた私の足が、急に鈍くなった。たった一歩、歩みを進めるだけでも、足が重たい。
ここは、ぬかるみでもなんでもない、ごく普通の小道だ。別に、泥や水に足を取られているわけではない。では、何故足が重たいかと言うと、一瞬だが、視界の先に、『あってはならない光景』を見てしまったからだ。
その、『あってはならない光景』をもう一度見るのが恐ろしくて、私の足は無意識に重くなっているのだろう。顔も、自然と俯いている。……このまま踵を返し、何も見なかったことにして、家に帰ってしまおうか。
いや、やっぱりそんなことはできない。
このまま逃げても、問題を先送りにするだけだ。
しばし悩んだ後、私は現実逃避をやめ、重たい足を引きずるようにして歩き始めた。
この小道の先は丘になっており、見晴らしのいい展望台がある。
何度も、ヘイデールと愛の言葉を交わした、私にとって思い出深い場所だ
その、思い出深い場所のベンチに二人、よく見知った顔が、仲睦まじく座っている。
……ヘイデールと、アリエットだ。
穏やかで、優しくて、それでいて可愛らしい笑みだったが、私は何故か、子供の頃に見た蛇の顔を思い出してしまい、妹に対してそんなことを思う自分を、恥じた。
・
・
・
それから、アリエットがヘイデールに接する機会は、目に見えて減った。
『姉さんが嫌なら、私、ヘイデールさんとはあまり顔を合わせないようにするわね』
アリエットはニコニコ笑顔でそう言い、もう、私とヘイデールのデートについてくるようなことはなかったし、ヘイデールを自宅に招いた時も、そっけない挨拶をするだけで、視線すら合わせようとしなかった。
もしかしてアリエットは、私が思っている以上に、『私とヘイデールの間に割り込むな』と抗議されたことにショックを受けているのかもしれない。……それも当然か。アリエットには、私とヘイデールの邪魔をする気なんて、まったくなかったのだから。
純粋に、姉の婚約者と仲良くしようとしていただけの妹に、私はなんて酷いことを言ってしまったんだろう。今度、改めてアリエットに謝ろう。
……おめでたい私は、アリエットに対し、心からの罪悪感を覚え、真剣に謝ろうと思っていた。そう、『あの日』が来るまでは。
・
・
・
その日、雑貨屋での仕事が早めに終わった私は、まだ日が落ちきる前に、帰路についていた。
風もなく、柔らかな夕暮れの光がなんだか心地よくて、散歩がてら、少し遠回りして家に帰ろうと思い、近くの自然公園へと足を延ばす。色とりどりの花が咲き誇り、夕焼けに照らされた木々が橙色に染まる姿は、まるで黄金郷だ。
上機嫌に、鼻唄でも歌いたくなるような気分で歩いていた私の足が、急に鈍くなった。たった一歩、歩みを進めるだけでも、足が重たい。
ここは、ぬかるみでもなんでもない、ごく普通の小道だ。別に、泥や水に足を取られているわけではない。では、何故足が重たいかと言うと、一瞬だが、視界の先に、『あってはならない光景』を見てしまったからだ。
その、『あってはならない光景』をもう一度見るのが恐ろしくて、私の足は無意識に重くなっているのだろう。顔も、自然と俯いている。……このまま踵を返し、何も見なかったことにして、家に帰ってしまおうか。
いや、やっぱりそんなことはできない。
このまま逃げても、問題を先送りにするだけだ。
しばし悩んだ後、私は現実逃避をやめ、重たい足を引きずるようにして歩き始めた。
この小道の先は丘になっており、見晴らしのいい展望台がある。
何度も、ヘイデールと愛の言葉を交わした、私にとって思い出深い場所だ
その、思い出深い場所のベンチに二人、よく見知った顔が、仲睦まじく座っている。
……ヘイデールと、アリエットだ。
3
お気に入りに追加
542
あなたにおすすめの小説
【完結】悪女のなみだ
じじ
恋愛
「カリーナがまたカレンを泣かせてる」
双子の姉妹にも関わらず、私はいつも嫌われる側だった。
カレン、私の妹。
私とよく似た顔立ちなのに、彼女の目尻は優しげに下がり、微笑み一つで天使のようだともてはやされ、涙をこぼせば聖女のようだ崇められた。
一方の私は、切れ長の目でどう見ても性格がきつく見える。にこやかに笑ったつもりでも悪巧みをしていると謗られ、泣くと男を篭絡するつもりか、と非難された。
「ふふ。姉様って本当にかわいそう。気が弱いくせに、顔のせいで悪者になるんだもの。」
私が言い返せないのを知って、馬鹿にしてくる妹をどうすれば良かったのか。
「お前みたいな女が姉だなんてカレンがかわいそうだ」
罵ってくる男達にどう言えば真実が伝わったのか。
本当の自分を誰かに知ってもらおうなんて望みを捨てて、日々淡々と過ごしていた私を救ってくれたのは、あなただった。
天才少女は旅に出る~婚約破棄されて、色々と面倒そうなので逃げることにします~
キョウキョウ
恋愛
ユリアンカは第一王子アーベルトに婚約破棄を告げられた。理由はイジメを行ったから。
事実を確認するためにユリアンカは質問を繰り返すが、イジメられたと証言するニアミーナの言葉だけ信じるアーベルト。
イジメは事実だとして、ユリアンカは捕まりそうになる
どうやら、問答無用で処刑するつもりのようだ。
当然、ユリアンカは逃げ出す。そして彼女は、急いで創造主のもとへ向かった。
どうやら私は、婚約破棄を告げられたらしい。しかも、婚約相手の愛人をイジメていたそうだ。
そんな嘘で貶めようとしてくる彼ら。
報告を聞いた私は、王国から出ていくことに決めた。
こんな時のために用意しておいた天空の楽園を動かして、好き勝手に生きる。
完結・私と王太子の婚約を知った元婚約者が王太子との婚約発表前日にやって来て『俺の気を引きたいのは分かるがやりすぎだ!』と復縁を迫ってきた
まほりろ
恋愛
元婚約者は男爵令嬢のフリーダ・ザックスと浮気をしていた。
その上、
「お前がフリーダをいじめているのは分かっている!
お前が俺に惚れているのは分かるが、いくら俺に相手にされないからといって、か弱いフリーダをいじめるなんて最低だ!
お前のような非道な女との婚約は破棄する!」
私に冤罪をかけ、私との婚約を破棄すると言ってきた。
両家での話し合いの結果、「婚約破棄」ではなく双方合意のもとでの「婚約解消」という形になった。
それから半年後、私は幼馴染の王太子と再会し恋に落ちた。
私と王太子の婚約を世間に公表する前日、元婚約者が我が家に押しかけて来て、
「俺の気を引きたいのは分かるがこれはやりすぎだ!」
「俺は充分嫉妬したぞ。もういいだろう? 愛人ではなく正妻にしてやるから俺のところに戻ってこい!」
と言って復縁を迫ってきた。
この身の程をわきまえない勘違いナルシストを、どうやって黙らせようかしら?
※ざまぁ有り
※ハッピーエンド
※他サイトにも投稿してます。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
小説家になろうで、日間総合3位になった作品です。
小説家になろう版のタイトルとは、少し違います。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
婚約破棄された公爵令嬢は本当はその王国にとってなくてはならない存在でしたけど、もう遅いです
神崎 ルナ
恋愛
ロザンナ・ブリオッシュ公爵令嬢は美形揃いの公爵家の中でも比較的地味な部類に入る。茶色の髪にこげ茶の瞳はおとなしめな外見に拍車をかけて見えた。そのせいか、婚約者のこのトレント王国の王太子クルクスル殿下には最初から塩対応されていた。
そんな折り、王太子に近付く女性がいるという。
アリサ・タンザイト子爵令嬢は、貴族令嬢とは思えないほどその親しみやすさで王太子の心を捕らえてしまったようなのだ。
仲がよさげな二人の様子を見たロザンナは少しばかり不安を感じたが。
(まさか、ね)
だが、その不安は的中し、ロザンナは王太子に婚約破棄を告げられてしまう。
――実は、婚約破棄され追放された地味な令嬢はとても重要な役目をになっていたのに。
(※誤字報告ありがとうございます)
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
誤解なんですが。~とある婚約破棄の場で~
舘野寧依
恋愛
「王太子デニス・ハイランダーは、罪人メリッサ・モスカートとの婚約を破棄し、新たにキャロルと婚約する!」
わたくしはメリッサ、ここマーベリン王国の未来の王妃と目されている者です。
ところが、この国の貴族どころか、各国のお偉方が招待された立太式にて、馬鹿四人と見たこともない少女がとんでもないことをやらかしてくれました。
驚きすぎて声も出ないか? はい、本当にびっくりしました。あなた達が馬鹿すぎて。
※話自体は三人称で進みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる