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第10話

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「そうか、じゃあ今度は……」

 アークハルトお兄様は、私の顎を親指と人差し指でつまみ、クイと持ち上げる。お兄様の、男性にしては美しすぎる顔が眼前に迫り、私の心臓が、早鐘を打つ。……お兄様が何をしようとしているか分かったが、私は、抵抗しなかった。

 そして、私とアークハルトお兄様の唇が、触れ合う。

 まるで、白昼夢のようなキスだったが、かすかに、先程まで飲んでいた紅茶の香りがして、これがまぎれもない現実であると自覚し、私は自らも、アークハルトお兄様の唇を求めた。

 長い口づけの後、私たちは距離を取り、お互いに見つめ合う。
 先に口を開いたのは、アークハルトお兄様だった。

「お前のこと、子供扱いしてないって、これで信じてもらえたかな?」

 私は、照れ隠しのように、少しだけ怒った様子で言葉を返す。

「こんな、いきなりキスなんて……ほんと、チャラ男貴族なんだから」

「だからその『チャラ男貴族』って呼ぶの、やめてくれよ、ちょっと傷つく」

「そう呼ばれるのが嫌だったら、もうちょっと誠実な態度を見せてよね」

「うーん……そうか。じゃあ、ちゃんとした貴族らしく、片膝をついて……っと」

 アークハルトお兄様は、美しい所作で私の前に片膝をつくと、私の手を取り、その甲に口づけをした。それから、真剣な瞳で私を見て、言葉を紡いでいく。

「ローラリア、僕と一緒に、『本当の愛』とやらを探してみるか? 恋愛経験豊富な僕なら、少なくとも、凡百の男よりは、お前に愛を教えられると思うけどね」

「自信過剰」

「よく言われる」

 でも私は、ほとんど悩まずに、アークハルトお兄様の愛を受け入れた。

 ……別に、『本当の愛』を探したかったからじゃない。アークハルトお兄様ほど気安く話せる人はいないし、子供の頃から、ずっとお兄様のことが好きだったからだ。

 正直言って、先程のアークハルトお兄様との話で、『本当の愛』を探すことが、急に幼稚で、無意味なことに思えてきた。だって、目の前に、こんなに素敵な人がいるんだもの。彼の私に対する気持ち、そして、私の彼に対する気持ちが、『本当の愛』かどうかなんて、そんなことを考えて、何の意味があるの?

 若く、瑞々しい心が、異性への愛情を求めるがままに、恋をし、人を好きになる。……きっと、それだけで充分なのだ。よく考えたら、愛に『本当』だの『嘘』だの、格付けのようなものを求めること自体が、間違ってる。

 これから、アークハルトお兄様と愛を育む中で、その愛は、大輪の花を咲かせるかもしれないし、思いもよらない形で、花は散ってしまうかもしれない。

 でも、今。

 私がアークハルトお兄様を想う気持ちは、本物だ。
 それで充分。これ以上、何も望まない。

 なんだか、ずっと心の中に立ち込めていた霧が、晴れていくような気分だった。

――――――――――――――――――――――――――――――――

 次回は、ブライアンの視点で物語が進んでいきます。

 幻のような『本当の愛』を探すことをやめ、幸せになったローラリアとは対照的に、ブライアンは『本当の愛』を求め続け、決して満たされることのない、苦しい日々を送っているのでした。
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