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第6話

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 ブライアンは、鼻をすすりながら、小さく頷いた。そして、うわごとのように、「すまなかった……」「俺が馬鹿だった……」「許してくれ……」と呟いている。やっと、自分が口に出してしまったことの愚かさに、気がついてくれたのだろう。

「わかってもらえたなら、それでいいのよ。……あのね、ブライアン。今言ったように、婚約を結びなおすことはできないけど、失ってしまったあなたの信用を、少しくらいは回復させてあげることは、できると思う」

 ブライアンは、顔を上げた。
 かつては凛々しかった顔が、今は涙と鼻水でべちゃべちゃだ。

 彼は首を傾げ、「どうやって?」と尋ねる。
 私は微笑み、答えた。

「他の貴族に対し、私の気持ちを書面で表明するのよ。……そうね、文面は、『私は、婚約者であったブライアン氏に不義を働かれましたが、別に怒っておらず、ブライアン氏も社会的制裁を受け、充分に苦しみました。だから、これからは、彼に対し、温かい気持ちで接してあげてください』と、こんな感じでどうかしら?」

 悲しみでいっぱいだったブライアンの顔に、驚きと感謝がゆったりと広がっていく。彼は膝立ちになり、声を張り上げた。

「あ、ありがたい! すぐに書いてくれ! ……い、いや、すまなかった。きみにも都合があるものな。すぐじゃなくていい、時間に余裕のある時に書いてくれれば、それで充分だ。ありがとう、ありがとう、心の底から、感謝する……!」

 私の機嫌を損ねまいと、精いっぱい腰の低い態度を取ろうとするブライアンがおかしくて、私は少し笑った。

「ふふ、心配しなくても大丈夫よ、すぐに書きますから。……あっ、でも、その前に、あなたに是非、聞いておきたいことがあるの」

「俺に? なんだい? どんなことでも聞いてくれ。俺に答えられることなら、包み隠さず、正直に答えるよ」

「ありがとう。……ねえ、ブライアン、『本当の愛』って、どんなものだと思う?」

「えっ?」

 私の質問が、完全に予想外だったのか、ブライアンはぽかんと口を開け、固まってしまった。私は、なおも言葉を続ける。

「ブライアン、あなた、一年前、『本当の愛』を求めるために、私との婚約を破棄して、『例の彼女』と添い遂げようとしたんでしょ? それで少しは、『本当の愛』らしきものを掴むことができたのか、私は知りたいのよ」

 断っておくが、別にブライアンを虐めてやろうと思って、こんな質問をしているのではない。私は、本当に気になっていたのだ。ブライアンが、貴族同士の婚約を破棄してまで求めた『本当の愛』――その結果が破局だったのは知っているが、駄目になったなら駄目になったなりに、何か、心に残るものがあったのか、それが、知りたかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――

 ローラリアがあっさりブライアンを許したことを、不可解に思う方もいらっしゃると思います。……その理由は、次回語られます。ちなみに、ローラリアに許されても、ブライアンは幸せにはなれません。彼は『本当の愛』を求めるあまり、これから、孤独で苦しい人生を歩むことになります。
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