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第4話
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その日のうちに、役所に婚約解消依願書類を提出し、私とブライアンは、晴れて無関係の女と男に戻った。そして私たちは、互いに別れの挨拶もせず、別々の道を通って、帰路についたのだった。
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それから、一年がたった。
私の家と並び立つほどの名門であったブライアンの家は、急速に落ちぶれ、今では、貴族としての身分を取り消される寸前である。
その理由は、私との婚約破棄にあった。
貴族同士の公的な婚約は、単なる口約束ではない。信義を重んじる貴族社会において、正当な理由もなく、一方的に婚約を破棄する行為は、とてつもない代償を払うことになる。……それは、社会的信頼の喪失である。
具体的に言うと、浮気の末、一方的な主張で私との婚約を破棄したブライアンは、他の貴族たちからつまはじきにされるようになった。ブライアンの一族も、彼同様、非常に冷たい扱いを受けている。
皆、こう思っているのだ。
『両家の政治的思惑で結んだ大事な婚約を平然と破る者と、まともな付き合いができるはずがない』と――
哀れなことに、ブライアンの家が没落すると、彼があんなに愛していた『好きな人』とやらも、スゥっと離れて行ってしまったらしい。二人の間には『本当の愛』など存在しなかったようだ。
私もブライアンと別れてから、様々な男性とお付き合いを重ねたが、『本当の愛』と呼べるほど、恋い焦がれることのできる人とは、まだ出会えていない。
私に『本当の愛』について考えるきっかけをくれたメイド長と酒屋の青年も、今ではもう、別れている。……恋とは、愛とは、なんと儚いものなのだろう。
私は自室の窓から、沈みゆく夕日を見つめ、誰に言うでもなく、一人、呟いた。
「『本当の愛』なんて、本当に、あるのかしら……?」
夕日は、何も答えてはくれなかった。
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そんなある日のこと。
突然、来客があった。
なんと、あのブライアンだ。
婚約を破棄した日以来、一度も会っていないので、こうして顔を合わせるのは本当に久しぶりのことだ。……以前は、しっかりとした体格をしていたのに、今はすっかりやせ細り、顔など、頬がこけてしまっている。
ブライアンは、挨拶もそこそこに、私の前で土下座をした。
誇り高い貴族の青年が、地面に頭を擦り付けるというのは、考えようによっては、自殺するよりも苦しいことだ。私は、「顔を上げて」と言うが、ブライアンは土下座の姿勢のまま、悲痛な訴えを始める。
「す、すまなかった、ローラリア。俺は、俺は、まさかこんなことになるだなんて、思ってもいなかったんだ。もう、誰も、俺の家を信用する貴族はいない。このままでは、俺の家は破滅だ。今さら図々しいとは思うが、頼む、助けてくれ……」
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それから、一年がたった。
私の家と並び立つほどの名門であったブライアンの家は、急速に落ちぶれ、今では、貴族としての身分を取り消される寸前である。
その理由は、私との婚約破棄にあった。
貴族同士の公的な婚約は、単なる口約束ではない。信義を重んじる貴族社会において、正当な理由もなく、一方的に婚約を破棄する行為は、とてつもない代償を払うことになる。……それは、社会的信頼の喪失である。
具体的に言うと、浮気の末、一方的な主張で私との婚約を破棄したブライアンは、他の貴族たちからつまはじきにされるようになった。ブライアンの一族も、彼同様、非常に冷たい扱いを受けている。
皆、こう思っているのだ。
『両家の政治的思惑で結んだ大事な婚約を平然と破る者と、まともな付き合いができるはずがない』と――
哀れなことに、ブライアンの家が没落すると、彼があんなに愛していた『好きな人』とやらも、スゥっと離れて行ってしまったらしい。二人の間には『本当の愛』など存在しなかったようだ。
私もブライアンと別れてから、様々な男性とお付き合いを重ねたが、『本当の愛』と呼べるほど、恋い焦がれることのできる人とは、まだ出会えていない。
私に『本当の愛』について考えるきっかけをくれたメイド長と酒屋の青年も、今ではもう、別れている。……恋とは、愛とは、なんと儚いものなのだろう。
私は自室の窓から、沈みゆく夕日を見つめ、誰に言うでもなく、一人、呟いた。
「『本当の愛』なんて、本当に、あるのかしら……?」
夕日は、何も答えてはくれなかった。
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そんなある日のこと。
突然、来客があった。
なんと、あのブライアンだ。
婚約を破棄した日以来、一度も会っていないので、こうして顔を合わせるのは本当に久しぶりのことだ。……以前は、しっかりとした体格をしていたのに、今はすっかりやせ細り、顔など、頬がこけてしまっている。
ブライアンは、挨拶もそこそこに、私の前で土下座をした。
誇り高い貴族の青年が、地面に頭を擦り付けるというのは、考えようによっては、自殺するよりも苦しいことだ。私は、「顔を上げて」と言うが、ブライアンは土下座の姿勢のまま、悲痛な訴えを始める。
「す、すまなかった、ローラリア。俺は、俺は、まさかこんなことになるだなんて、思ってもいなかったんだ。もう、誰も、俺の家を信用する貴族はいない。このままでは、俺の家は破滅だ。今さら図々しいとは思うが、頼む、助けてくれ……」
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