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第3話

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「書類だと? なんのことだ?」

 呆れた。

 少し粗暴で、細かいことをあまり知らない男だとは思っていたが、まさか、自分で言いだした『婚約解消』についてのシステムを、わかっていないとは。

「はぁ……」

 自然と、小さなため息が漏れる。

 そんな私の態度が癇に障ったのか、ブライアンはムッとした様子で、口を尖らせた。

「おい、そうやって、こっちを見てため息をつくのをやめろ。馬鹿にされているみたいで、不愉快だ。もうお前との付き合いもこれで終わりだからハッキリ言うが、俺は、お前のそういうところが、ずっと嫌いだったんだ」

「そうですか。私は別に、あなたのこと、嫌いじゃありませんでしたよ。好きでもありませんでしたけど」

 最後なのは私も同じなので、正直な気持ちを、淡々と述べただけだったが、その落ち着き払った様子が、ブライアンのいら立ちに、余計に火を注いでしまったらしい。彼はテーブルをどんと叩いて、叫んだ。

「なんだ、その人を舐めた態度は!」

 あら困ったわ。本気で怒らせてしまったのかしら。そうそう、この人、女に手をあげたりはしないけど、短気だし、こうやって物を叩くことがあるのよね。

 私としては、別にこれ以上怒らせる気はないし、必死に頭を下げて、許してもらおうとも思わない。だって、ブライアンのことなんて、好きでも嫌いでもないし、婚約者でもなくなる以上、両家の関係もなくなる――つまり、どうでもいい人になるのだから。

 しかし、婚約解消の手続きが進まないのは困る。
 そしてそれは、ブライアンにとっても同じだろう。
 私は彼を刺激しないように、なるべく穏やかな言葉で説得した。

「喧嘩はよしましょう。どうせ、これから他人になるのですから。私たちはもう、お互いにとって、喧嘩する価値もない存在です。さあ、粛々と婚約破棄の手続きを済ませてしまいましょう」

「……ふん、『喧嘩する価値もない存在』か、確かに、その通りだな。いけ好かない嫌な女と言い争いをしても、楽しくもなんともない、とっとと縁を切るとしよう」

『いけ好かない嫌な女』とはまあ、なんとも刺々しい言い方をするものだ。好きでも嫌いでもなかった彼への気持ちが、また少し、『嫌い』へと傾くのを私は感じた。

 そして私たちは、粛々と、事務的に、婚約解消の手続きを進めた。

 婚約解消の理由については、先程述べた通り、ブライアンの浮気にあるということになった(なったも何も、事実、その通りなわけだが)。……これで、一安心だ。ブライアンはよくわかっていないようだが、公的な婚約を解消する場合、どちらに非があるかは、大変重要な問題になるのである。
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