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第2話

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 キュリック様は、意気揚々と、大衆に演説する思想家のように、語ります。

「僕にはな、お前と、お前の家に隠れて、ひそかに想いあっていた恋人がいるんだよ。彼女はお前と違い、家柄の良くない娘だが、とても美しい人だ。……聞いて驚けよ。少し前にな、彼女の姉が、国王陛下に見初められ、後宮に入ることになったんだ。これで、彼女の家は、一気に格が上がることになる」

 王様が一般の女性を見初めるなんて、物語のようなこと、本当にあるのですね。
 私はどこか他人事のような気持ちで、キュリック様の話を聞いていました。

「もちろん、後宮に入る際、国から多額の支度金が与えられた。……僕が何を言いたいか分かるか? 僕が愛する彼女の家は、もう、家柄の面でも、金銭的な面でも、お前の家より、ずっと優れているということだよ。だからもう、お前と嫌々結婚する必要はなくなったんだ。僕は、愛する彼女と、添い遂げる。何か、文句あるか?」

 あります。

 私は気の弱い女ですが、これほど軽んじられて、何の文句も出ないほど、大人しい女でもありません。

 私は勇気を振り絞り、抗議の意思を言葉にしようとしました。
 ……いえ、言葉にしようとして、結局はできませんでした。

 口を開いた途端、キュリック様に平手打ちをされたからです。

 男の人にぶたれたのは、人生で初めてのことでした。
 思った以上に強い力で、頬の中が切れてしまい、唇からは、血が垂れます。

 本当に、なんの遠慮もない、平手打ちでした。

 キュリック様は、私を叩いた方の手を、まるで汚いものでもふき取るみたいに、ハンカチで拭うと、吐き捨てるように言います。

「喋るな、虫けら。お前の意見なんて、求めてないんだよ。文句があるなら、お仲間の虫けらたちにでも話して、慰めてもらうんだな。くくっ、ほら、見ろよ。ちょうどいい具合に、アリさんが虫の死骸を運んでいるぞ」

 キュリック様の指さした先を、私は見ました。
 言葉通りに、アリの隊列が、虫の死骸を運んでいます。

 キュリック様は踵を返すと、それを踏みつぶし、歩き出しました。

「さて、僕はもう帰るとしよう。この廃村は、人に聞かれたくない話をするときは便利だが、不気味だし、あまり長居をしたい場所じゃないからな。お前にはお似合いの陰気な場所だから、もう少しゆっくりしていくといい、じゃあな」

 私だって、こんな不気味な場所、長くいたくはありません。
 キュリック様に呼び出されなければ、来たいとも思いません。

 ここはかつて、魔物の侵攻にあい、多くの人々が死んだ、忌まわしき場所だからです。魔物たちの中には、強力な種族も多数含まれており、優秀な魔導士が連携し、様々な罠まで使って、やっと撃退に成功したそうです。

 その時でした。『ズボッ』とも、『グモッ』とも聞こえる、何かが壊れるような……いえ、崩れるような音がしました。
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