幼馴染が熱を出した? どうせいつもの仮病でしょう?【完結】

小平ニコ

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第29話(パメラ視点)

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 きらびやかなライトに照らされた、血みどろの舞台。
 私は今、例の賭けボクシングのリングに、立っている。

 ……観客ではなく、ボクサーとして。

 黒ずくめの男が言った『あんたでもできそうな仕事』とは、なんと、賭けボクシングの選手になることだった。……なんでも、最近は、男同士の試合に飽きてきた観客から、『今度は女と女を殴り合わせろ』という悪趣味な要望が増えていたらしい。

 私は、震えていた。

 当然だ。

 言うまでもないが、ボクシングなど習ったことはないし、殴り合いの喧嘩すらしたことがない。これまでの人生の中で、私が殴ったことがあるのは、ジョセフだけ。……目いっぱい私を甘やかしてくれた、優しいジョセフの顔だけ。

 そんな私が、賭けボクシングのボクサーですって?

 悪い冗談だ。
 でも、それでも、売春はいやだった。

 だいたい、賭けはもう締め切られている。今さら『やっぱりやめます』なんて言っても、誰も許してはくれないだろう。……黒ずくめの男が言うには、私は強い肩をしているそうなので、経験を積めば、案外いいボクサーになれるかもしれないとのことだった。

 対戦相手は、とても同じ性別とは思えない、筋骨隆々の女だ。もう、何度も試合をしたことがあるのだろう。唇は曲がり、鼻は潰れ、まぶたの上には生々しい切り傷がいくつもある。

 ああああ。

 睨んでる。
 こっちを、睨んでる。

 怖い。
 怖い。
 怖い。

 助けて。
 ジョセフ。
 助けて。

 私、頭が痛いの。
 きっと熱があるんだわ。
 ほら、咳もでる。

 病気よ。
 これ、絶対に病気。

 仮病じゃないわ。
 本当よ。

 だから、中止にして。
 試合を、中止にして!

 カーン。

 何の音?

 カーンって、何の音?

 ああっ。

 対戦相手が、こっちに向かってきた。

 そうか。
 カーンって、試合開始のゴングの音だったのね。

 待って。
 待って。
 待ってよ!

 私、病気なのよ!

 試合なんてできないわ!

 やめて!

 許して!

 ジョセフ!

 パンチが、飛んできた。

 ボクシングの『ボ』の字も知らない私に、防御なんてできるはずがない。

 痛い。

 痛い。

 ああああ。

 鼻から、血が出てる!

 いっぱい、血が出てる!

 もう試合なんてできないわ!

 ストップよ、ストップ!

 しかし、試合は止まらない。

 観客たちは、滅多打ちにされる私を見て、大喜び。

 少しではあるが、私に賭けていた観客は、「逃げんな! 死ぬまで戦えクズ女!」と、かつての私のようなことを叫んでいる。

 私は恐怖と悲しみと激痛の中、サンドバッグ同然に殴られ続け、2ラウンドの中盤で、完全に意識を失った。
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