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第96話
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「お前の家族たちの、お前に対する扱いについて説教してやるんだよ。ジェームスの策略により、父上が罪もない娘たちを欲望のままに求めていると誤解させてしまったのは申し訳なく思うが、それにしたって、祖父母の生活を人質に取り、お前を身代わりに差し出したことは酷い。だからちょっと叱ってやるのさ」
「わかりました。大公様のご随意のままに」
・
・
・
そして、執務室に通された義妹のブレアナ、継母のグロリア、実父のラルフは、皆、一年前よりみすぼらしくなっていた。うちはそれなりに家柄の良い家で、商売も上手くいっているので、お金に困るようなことはないはずだが、いったいどうしたのだろう。
まず一家を代表して、ラルフが首を垂れる。
「大公様。この度はお忙しいなか、私どものような下民にご尊顔を拝謁する僥倖をお許しくださり、まことに、まことにありがたく、この上ない幸せでございます」
もの凄いへりくだり方だ。私は父からいつもぞんざいな扱いを受けていたので、この人が目上の人にはこれほど卑屈になるなんて知らなかった。
しかし、謙虚さも行き過ぎると嫌味と言うか、なんとなく馬鹿にされているような気になるものである。フレッド様は、少々呆れたように「俺のような若輩者をそんなに持ち上げるな。で、何の用だ」と尋ねた。
それに答えたのは、ラルフではなくグロリアである。
「実は、あの、大変申し上げにくいのですが、大公家から送られてくる給金が止まっており、一家総出でその催促に来た次第でございます。何かの手違いでしょうか? いえいえ、決して文句を言っているのではありませんが、早急に給金を送ってもらわないと困るのです。見ての通り、私どもは最近、生活が苦しいもので……」
本当に、苦しそうな物言いだった。見た目にもその苦しさが如実に表れている。もちろん私は彼女のことを嫌いだが、そういった悪感情を抜きに見れば、美しい容姿の女性だとは思っていた。その美貌が、今は見る影もない。まだそれほどの年でもないのに、目元には随分シワが目立ち、とても疲れた様子だった。
フレッド様は、目の前のくたびれた女に若干の憐れみを向けながらも、厳格に言う。
「給金が止まったのは手違いじゃない。ここにいるシンシアは、今月から契約が一新され、大公専属のメイドになったんだ。そのさい給金の支払先も変わり、お前たちの元に送られる金はなくなったんだよ」
そこで初めて、私の家族たちは、大公様のおそばに控えているメイドが私であることに気づいたらしい。無理もないか。ブレアナの身代わり――哀れな生贄として差し出した私が、最上級のメイド服を着て、大公様に最も近い場所で働いているとは、夢にも思わなかったのだろう。
「わかりました。大公様のご随意のままに」
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そして、執務室に通された義妹のブレアナ、継母のグロリア、実父のラルフは、皆、一年前よりみすぼらしくなっていた。うちはそれなりに家柄の良い家で、商売も上手くいっているので、お金に困るようなことはないはずだが、いったいどうしたのだろう。
まず一家を代表して、ラルフが首を垂れる。
「大公様。この度はお忙しいなか、私どものような下民にご尊顔を拝謁する僥倖をお許しくださり、まことに、まことにありがたく、この上ない幸せでございます」
もの凄いへりくだり方だ。私は父からいつもぞんざいな扱いを受けていたので、この人が目上の人にはこれほど卑屈になるなんて知らなかった。
しかし、謙虚さも行き過ぎると嫌味と言うか、なんとなく馬鹿にされているような気になるものである。フレッド様は、少々呆れたように「俺のような若輩者をそんなに持ち上げるな。で、何の用だ」と尋ねた。
それに答えたのは、ラルフではなくグロリアである。
「実は、あの、大変申し上げにくいのですが、大公家から送られてくる給金が止まっており、一家総出でその催促に来た次第でございます。何かの手違いでしょうか? いえいえ、決して文句を言っているのではありませんが、早急に給金を送ってもらわないと困るのです。見ての通り、私どもは最近、生活が苦しいもので……」
本当に、苦しそうな物言いだった。見た目にもその苦しさが如実に表れている。もちろん私は彼女のことを嫌いだが、そういった悪感情を抜きに見れば、美しい容姿の女性だとは思っていた。その美貌が、今は見る影もない。まだそれほどの年でもないのに、目元には随分シワが目立ち、とても疲れた様子だった。
フレッド様は、目の前のくたびれた女に若干の憐れみを向けながらも、厳格に言う。
「給金が止まったのは手違いじゃない。ここにいるシンシアは、今月から契約が一新され、大公専属のメイドになったんだ。そのさい給金の支払先も変わり、お前たちの元に送られる金はなくなったんだよ」
そこで初めて、私の家族たちは、大公様のおそばに控えているメイドが私であることに気づいたらしい。無理もないか。ブレアナの身代わり――哀れな生贄として差し出した私が、最上級のメイド服を着て、大公様に最も近い場所で働いているとは、夢にも思わなかったのだろう。
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