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第93話
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赤い蝋に大公家の紋章を押し付け、いかめしくも厳重に封じられた手紙を、エリナさんが丁寧に開封していく。
それから、フレッド様とジェームス様の顔を順番に見て「ただ今から、リチャード・ラドリック大公様の遺言状を読み上げます。よろしいでしょうか?」と尋ねた。
フレッド様が「ああ」と言い、ジェームス様が「ええ」と言う。私は一人、ゴクリと唾を飲み込んだ。そして、遺言状の読み上げが始まる。
「……まず最初に言っておく。ワシは長い手紙が嫌いだ。詩集じゃあるまいし、あれこれと意味のない文言を並べた挙句、結局何が言いたいのか分からない手紙になることが多いからな。さらに、ワシの頭は痴呆が進んでおり、ちゃんと思考を整理できるのは一日に数十分だけ。もう時間がない。だから必要なことだけを、端的に書き記す」
エリナさんは一気にそこまで読んだ後、一度息継ぎをし、続きを読む。
「大公家は、長男であるフレッドに継がせる。長きに渡る門番の罰をよく耐えた。近衛に聞いたところ、人格的にも随分と成長したようだな。長期の罰を受けながら、腐って投げ出さなかったお前を誇りに思う。最後までお前と面と向かって話せなかった父を許してくれ。お前に、無様に老い衰えた、痴呆の父の姿を見せたくなかったのだ」
「父上……」
「続いて、ジェームス。お前はこれまでワシにしてきたように、これからはフレッドを支えてほしい」
フレッド様に対する、長く、感情のこもった言葉とは正反対に、あまりにもそっけない、簡素な文言だった。ジェームス様が、どこか勝ち誇ったように微笑み、私を見る。その微笑は、暗く、寂しいものだった。
しかし、遺言状はまだ終わっていないようで、エリナさんは残りを読み上げる。
「……しかし、フレッドとジェームスの関係が良くないことは知っている。ジェームス。もしもお前が、フレッドを支えることを拒む場合は、かねてよりお付き合いのある国王陛下のお取り計らいにより、爵位と領地を授かることができるようにしてある。ジェームスよ。これまでよくワシを支えてくれた。今後は好きな道を選びなさい」
その言葉に愕然としているのは、ジェームス様だけだった。エリナさんは大公様の優しさを知っているし、フレッド様も、ジェームス様の優秀さなら、それくらいのことは当たり前だと思っている。だから、少しも驚かないのだ。
ただ一人、自分は誰からも目をかけられていないと卑下し、親の愛を信じられなかったジェームス様だけが、その場にへたり込んでしまった。いくら国王陛下と付き合いがあるとはいえ、爵位と領地を授かるのは簡単なことではないはず。それだけ、大公様はジェームス様のことを愛していたのである。
それから、フレッド様とジェームス様の顔を順番に見て「ただ今から、リチャード・ラドリック大公様の遺言状を読み上げます。よろしいでしょうか?」と尋ねた。
フレッド様が「ああ」と言い、ジェームス様が「ええ」と言う。私は一人、ゴクリと唾を飲み込んだ。そして、遺言状の読み上げが始まる。
「……まず最初に言っておく。ワシは長い手紙が嫌いだ。詩集じゃあるまいし、あれこれと意味のない文言を並べた挙句、結局何が言いたいのか分からない手紙になることが多いからな。さらに、ワシの頭は痴呆が進んでおり、ちゃんと思考を整理できるのは一日に数十分だけ。もう時間がない。だから必要なことだけを、端的に書き記す」
エリナさんは一気にそこまで読んだ後、一度息継ぎをし、続きを読む。
「大公家は、長男であるフレッドに継がせる。長きに渡る門番の罰をよく耐えた。近衛に聞いたところ、人格的にも随分と成長したようだな。長期の罰を受けながら、腐って投げ出さなかったお前を誇りに思う。最後までお前と面と向かって話せなかった父を許してくれ。お前に、無様に老い衰えた、痴呆の父の姿を見せたくなかったのだ」
「父上……」
「続いて、ジェームス。お前はこれまでワシにしてきたように、これからはフレッドを支えてほしい」
フレッド様に対する、長く、感情のこもった言葉とは正反対に、あまりにもそっけない、簡素な文言だった。ジェームス様が、どこか勝ち誇ったように微笑み、私を見る。その微笑は、暗く、寂しいものだった。
しかし、遺言状はまだ終わっていないようで、エリナさんは残りを読み上げる。
「……しかし、フレッドとジェームスの関係が良くないことは知っている。ジェームス。もしもお前が、フレッドを支えることを拒む場合は、かねてよりお付き合いのある国王陛下のお取り計らいにより、爵位と領地を授かることができるようにしてある。ジェームスよ。これまでよくワシを支えてくれた。今後は好きな道を選びなさい」
その言葉に愕然としているのは、ジェームス様だけだった。エリナさんは大公様の優しさを知っているし、フレッド様も、ジェームス様の優秀さなら、それくらいのことは当たり前だと思っている。だから、少しも驚かないのだ。
ただ一人、自分は誰からも目をかけられていないと卑下し、親の愛を信じられなかったジェームス様だけが、その場にへたり込んでしまった。いくら国王陛下と付き合いがあるとはいえ、爵位と領地を授かるのは簡単なことではないはず。それだけ、大公様はジェームス様のことを愛していたのである。
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