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第83話

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「妹とキスしたわけですから、弟のジェームス様ともキスするんですか?」

「お前って真面目なようで、けっこう馬鹿なこと言うよな」

 フレッド様は苦笑した。





 それから、時は穏やかに流れ、私もメイドとして、仕事に勉強に、忙しくも充実した日々を過ごしていた。夏が過ぎ、秋も深まった頃、急激に冷えてきたのが良くなかったのか、大公様が大きく体調を崩し、とうとうベッドから出ることもできなくなってしまった。

 大公様は、自身の世話を心から信頼するエリナさん一人に任せ、他のメイドたちには服の裾すら触れさせなかった。アマンダに毒を盛られたことで、もともと少々不安定だった精神が、さらにかたくなになってしまったのだろう。

 いかに高貴なる大公様とはいえ、現在は痴呆の老人。その痴呆の老人を一人で介護する苦労は並大抵のことではないはずだが、エリナさんは文句ひとつ言わず、排泄物の片づけまでも自分一人でおこなっていた。

 その、あまりにも甲斐甲斐しいお世話ぶりに、感心半分、呆れ半分で『昔、大公様にあれほど体を弄ばれたのに、よくあそこまでできるものだ』と噂する使用人たちもいたが、エリナさんはいつも通り、何も語ることなく、黙々と自分の職責を果たすだけだった。

 そんなある日のこと、私はゴミ捨ての仕事中に、偶然エリナさんと出会った。……エリナさんは、大公様の排泄物を処理している最中で、漂ってくる臭いに、私はつい顔を顰めそうになってしまったが、何とか意志の力でこらえ、手伝いを申し出た。

「あの、エリナさん。エリナさんが大公様のお世話をすることは、大公様ご自身の命令ですので代行することはできませんが、せめて排泄物の処理くらいはお手伝いさせてください」

 しかし、エリナさんは首を左右に振った。

「いいえ、結構よ」

 相変わらず、その言い方は端的で、人間味を感じさせない。もっとも、エリナさんは一度長めに話し出せば止まらなくなるので、なんとか言葉を少なく済ませようとしていることを知っている私としては、その冷たい言い方すらもエリナさんの内面を感じ取り、微笑ましくなるのだが。

「だけど、さすがに毎日のことですから……。このままでは、エリナさんも疲弊しきってしまいます」

「これくらい、なんでもないわ。それに、考えてみて。大公様だって、ご自分の排泄物をあまり多くの人に見られたくはないはずよ。だから、私一人でいいの」

 ご自分の排泄物をあまり多くの人に見られたくはないはず――

 確かに、その通りだ。私はこれでも、多少は思いやりのある人間のつもりだったが、介護される側の気持ちをまるで考えていなかった。だが、エリナさんの深い思慮と優しさに感動しつつも、どうしても頭に浮かんでくる言葉があった。それは……
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