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第56話

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「ありがとう、ブレアナ。私の育った村にも、あなたのような子がいたら、今みたいに無口になることはなかったかもしれないわね。ふふ、今日はいつもの何倍も話したから、少し口が疲れたわ。話すことに慣れてないと、顎の筋肉も弱くなるのね」

「それじゃあ、毎日よくおしゃべりして、顎を鍛えなきゃいけませんね」

「協力してくれる?」

「喜んで」

 いまだにゴタゴタとした状況ではあるが、その時だけは、なんだかエリナさんとの距離が一気に縮まったようで、心の温まる時間だった。





 私の予想通り、使用人たちの子供じみた反抗は、時の経過と共に少しずつ弱まっていった。いつまでも尖った態度を取り続けるのに疲れてきたというのもあるだろうが、エリナさんが無理に主張して執事長の座を奪い取ったのではなく、大公様の強い意向で、ほとんど強制的に執事長にされてしまったことを皆が理解してきたのが大きい。

 となれば、ある意味エリナさんも被害者であり、その被害者に対し、むやみやたらと反抗することに何の意味があるのだろうと思うのは自然な流れである。エリナさんはもともと、皆に特別好かれてはいなかったとはいえ、嫌われてもいなかったのだから。

 少々時間はかかったが、これでまた、いつも通りの日常が戻って来る――そう思って胸をなでおろした私だが、突如、予想だにしていなかったことが起こった。

 なんと、大公様が倒れられたのである。

 ご高齢で、もともと体調がすぐれなかったので、最初は皆、それほど驚かなかった。人によっては、『とうとう来るべき時が来た』という感じですらあった。

 しかし、大公様はすぐに回復した。半日以上ベッドに伏せ、その間は意識がもうろうとしていたので、一見いまわの際に思えたが、実際はお腹を壊しただけで、ご高齢ゆえに、症状が重症化したのだという。

 だがここで、新たな騒動が巻き起こった。大公様はお年を召されてはいるものの、胃腸はすこぶる頑丈で、ここ十年は軽い腹痛すら起こしたことがない。その大公様がお腹を壊すというのはよっぽどのことであり、当日お口に入った料理を詳しく検分したところ、微量ながら毒物が検出されたのである。

 ……その日、大公様が召し上がるすべての料理を作ったのは、執事長のエリナさんだった。ご高齢の大公様は非常に小食であり、近頃は大公家お抱えの料理人たちが作る豪勢なメニューより、エリナさんに軽食を作らせることが多かった。毒見はもちろん、食材のチェックもしていない。大公様はエリナさんを誰より信頼しているから。
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