上 下
56 / 83

第55話

しおりを挟む
「実はね。選挙の結果が出て、その結果を大公様が覆したあの日。私、大公様に直接『辞退させてください』と申し出たのよ。ミシェルは皆に選ばれたのだから、その人望は本物。だから、ミシェルこそが執事長にふさわしいって。だけど……」

 エリナさんは、そこで一度言葉を切り、止めていた仕事を再開しながら話し続ける。

「大公様は『ワシはお前のそういうところを信頼している』の一点張りで、どんなに言葉を尽くしてもそのご意思は変わらなかったわ。それで、こうなった以上は引き受けるしかないと思った。でも、皆の拒絶が、これほど強いとは思わなかった。今までも仲良くしてきたわけじゃないけど、徹底的に冷たくされると、つらいものね」

「エリナさん……」

「だからブレアナ、あなたがそばにいてくれて嬉しいわ。こんなに話すのも、大公家ではあなたが初めてかもしれない。私、前に『話すのが好きじゃない』って言ったけど、あれ、半分本当で、半分嘘なの。昔はね、話すことが好きだったのよ。でも私って、話し始めると止まらなくなって、一気に言葉を浴びせちゃうから、それで……」

 エリナさんは再び手を止め、こっちを見て微笑した。とても、寂しそうな笑みだった。

「故郷の皆は私のことを馬鹿にしたわ。『普段はチョロチョロと漏れ出るみたいに話してるくせに、だんだん興奮して、ドバっと溢れるみたいに喋りだす。お前の話し方は、うちの爺さんの小便みたいだ』って」

 よくもそんな下劣な発想が出てくるものだ。見たことも会ったこともないエリナさんの故郷の人間に、強烈な軽蔑と敵愾心がわき起こった。

「それで、凄く傷ついて、私は"チョロチョロと"すら話さなくなったわ。次につけられたあだ名は、誰とも話せない、口なしのエリナ。『なんで口をきかないんだ』って、今度も随分とからかわれたわ。その頃、大公様からお呼びがかかって、私は大公家のメイドになったの」

「そうだったんですか……」

「仕事は大変だったけど、ここには私をからかう人間はいないし、故郷にいるよりずっと幸せだったわ。いろんな噂もあって、大公様を軽蔑する人も多いけど、私は感謝してる。大公家の人たちも皆好きだし、口に出したことはないけど、ミシェルのことも尊敬できる仲間だと思ってる。だから、変な対立構造になってしまって、残念だわ」

 最後の『残念だわ』という言葉には、悲しみ、切なさ、戸惑い――その他にも複雑な気持ちの絡んだ、万感の思いがこもっていた。この人は本来、とても繊細で傷つきやすい人なのだ。そして、本来はこんなに素直に自分の気持ちを口に出してくれる人なのだ。

 私は、深く傷ついているであろうエリナさんを慰めるように、つとめて笑顔を作って言う。

「こんなこと、いつまでも続きませんよ。だって、大公様がお決めになったことなんですから、もうどうしようもないって、皆そろそろ気づくはずです。そうすれば、エリナさんの思いやりや仕事ぶりを分かってくれる人も出てきます。それで、全部もとどおりですよ。元気出してください」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました

歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。 昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。 入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。 その甲斐あってか学年首位となったある日。 「君のことが好きだから」…まさかの告白!

本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす

初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』 こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。 私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。 私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。 『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」 十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。 そして続けて、 『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』 挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。 ※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です ※史実には則っておりませんのでご了承下さい ※相変わらずのゆるふわ設定です

〖完結〗冤罪で断罪された侯爵令嬢は、やり直しを希望します。

藍川みいな
恋愛
「これより、サンドラ・バークの刑を執行する!」 妹を殺そうとした罪で有罪となった私は、死刑を言い渡されました。ですが、私は何もしていない。 全ては、妹のカレンが仕組んだことでした。 刑が執行され、死んだはずの私は、何故か自分の部屋のベッドの上で目を覚ましたのです。 どうやら時が、一年前に戻ったようです。 もう一度やり直す機会をもらった私は、二度と断罪されないように前とは違う選択をする。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 全14話で完結になります。

【完結・全7話】妹などおりません。理由はご説明が必要ですか?お分かりいただけますでしょうか?

BBやっこ
恋愛
ナラライア・グスファースには、妹がいた。その存在を全否定したくなり、血の繋がりがある事が残念至極と思うくらいには嫌いになった。あの子が小さい頃は良かった。お腹が空けば泣き、おむつを変えて欲しければむずがる。あれが赤ん坊だ。その時まで可愛い子だった。 成長してからというもの。いつからあんな意味不明な人間、いやもう同じ令嬢というジャンルに入れたくない。男を誘い、お金をぶんどり。貢がせて人に罪を着せる。それがバレてもあの笑顔。もう妹というものじゃない。私の婚約者にも毒牙が…!

舞台装置は壊れました。

ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。 婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。 『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』 全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り─── ※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます 2020/10/30 お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o))) 2020/11/08 舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。

〖完結〗ご存知ないようですが、父ではなく私が侯爵です。

藍川みいな
恋愛
タイトル変更しました。 「モニカ、すまない。俺は、本物の愛を知ってしまったんだ! だから、君とは結婚出来ない!」 十七歳の誕生日、七年間婚約をしていたルーファス様に婚約を破棄されてしまった。本物の愛の相手とは、義姉のサンドラ。サンドラは、私の全てを奪っていった。 父は私を見ようともせず、義母には理不尽に殴られる。 食事は日が経って固くなったパン一つ。そんな生活が、三年間続いていた。 父はただの侯爵代理だということを、義母もサンドラも気付いていない。あと一年で、私は正式な侯爵となる。 その時、あなた達は後悔することになる。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

処理中です...