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第55話

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「実はね。選挙の結果が出て、その結果を大公様が覆したあの日。私、大公様に直接『辞退させてください』と申し出たのよ。ミシェルは皆に選ばれたのだから、その人望は本物。だから、ミシェルこそが執事長にふさわしいって。だけど……」

 エリナさんは、そこで一度言葉を切り、止めていた仕事を再開しながら話し続ける。

「大公様は『ワシはお前のそういうところを信頼している』の一点張りで、どんなに言葉を尽くしてもそのご意思は変わらなかったわ。それで、こうなった以上は引き受けるしかないと思った。でも、皆の拒絶が、これほど強いとは思わなかった。今までも仲良くしてきたわけじゃないけど、徹底的に冷たくされると、つらいものね」

「エリナさん……」

「だからブレアナ、あなたがそばにいてくれて嬉しいわ。こんなに話すのも、大公家ではあなたが初めてかもしれない。私、前に『話すのが好きじゃない』って言ったけど、あれ、半分本当で、半分嘘なの。昔はね、話すことが好きだったのよ。でも私って、話し始めると止まらなくなって、一気に言葉を浴びせちゃうから、それで……」

 エリナさんは再び手を止め、こっちを見て微笑した。とても、寂しそうな笑みだった。

「故郷の皆は私のことを馬鹿にしたわ。『普段はチョロチョロと漏れ出るみたいに話してるくせに、だんだん興奮して、ドバっと溢れるみたいに喋りだす。お前の話し方は、うちの爺さんの小便みたいだ』って」

 よくもそんな下劣な発想が出てくるものだ。見たことも会ったこともないエリナさんの故郷の人間に、強烈な軽蔑と敵愾心がわき起こった。

「それで、凄く傷ついて、私は"チョロチョロと"すら話さなくなったわ。次につけられたあだ名は、誰とも話せない、口なしのエリナ。『なんで口をきかないんだ』って、今度も随分とからかわれたわ。その頃、大公様からお呼びがかかって、私は大公家のメイドになったの」

「そうだったんですか……」

「仕事は大変だったけど、ここには私をからかう人間はいないし、故郷にいるよりずっと幸せだったわ。いろんな噂もあって、大公様を軽蔑する人も多いけど、私は感謝してる。大公家の人たちも皆好きだし、口に出したことはないけど、ミシェルのことも尊敬できる仲間だと思ってる。だから、変な対立構造になってしまって、残念だわ」

 最後の『残念だわ』という言葉には、悲しみ、切なさ、戸惑い――その他にも複雑な気持ちの絡んだ、万感の思いがこもっていた。この人は本来、とても繊細で傷つきやすい人なのだ。そして、本来はこんなに素直に自分の気持ちを口に出してくれる人なのだ。

 私は、深く傷ついているであろうエリナさんを慰めるように、つとめて笑顔を作って言う。

「こんなこと、いつまでも続きませんよ。だって、大公様がお決めになったことなんですから、もうどうしようもないって、皆そろそろ気づくはずです。そうすれば、エリナさんの思いやりや仕事ぶりを分かってくれる人も出てきます。それで、全部もとどおりですよ。元気出してください」
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