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第52話

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 翌日。大公様の命を受けたジェームス様によって、エリナさんを正式に執事長へと就任させるという辞令が交付された。これにより、新体制でお屋敷の全仕事がおこなわれることになったのだが、使用人たちは、皆一様に今回の人事に否定的だった。

 それは、無理もないことである。9割以上――つまり、ほぼすべての使用人がミシェルさんこそ執事長にふさわしいと思って投票したのに、大公様の一存ですべてがひっくり返ってしまったのだから。さらに皆の心証を悪くしたのは、最近の大公様の精神状態のせいでもある。

 以前、私が寝室に呼び出された時も怪訝に思ったが、大公様はどうやら認知症を患っており、どうにも言動が不安定なのだ。その不安定な裁定で、自分たちの慕うミシェルさんが負け、大公様お気に入りのエリナさんが勝者となったことで、もともと好かれてはいなかったエリナさんの立場は、非常に悪いものになってしまった。

 そのため、ミシェルさんが何か策謀を巡らすまでもなく、使用人たちはエリナさんに対し、明らかに反抗的な態度を見せるようになった。ミシェルさんに心酔しているアマンダなどは、エリナさんの指示を完全に無視し、皆もそれに倣うよう、仕事のボイコットを始めた。

 一人二人のボイコットではない。ほぼすべての使用人がエリナさんの執事長就任を拒絶している。この有様を知れば、大公様も考えを変えざるをえない。……そういう思惑があっての大胆な抗議行動だったが、大公様の意思は変わらず、『こんなことを続けるならエリナ以外の全使用人を総入れ替えする』との強硬なお達しが出た。

 大公様にここまで言われては、これ以上使用人たちにできることなどない。皆、渋々ながら今回の人事を認め、本当に渋々エリナさんに従った。心の奥に、深い遺恨を残したまま……





「やっと使用人たちのストライキが終わったな。正直、屋敷の中でのもめごとは、俺の仕事にはあまり関係がないが、そのうち弁当が届かなくなるかもしれないと思って少しだけヒヤヒヤしたぞ」

 正門にお弁当を持ってきた私に、フレッド様は冗談っぽく言った。

「実際、ストライキが長引けば、こうやってお弁当を持ってくることも止められたかもしれません。大公様の英断で、騒動が早めに収まって良かったです」

 お弁当のバスケットからサンドイッチを一つ取り出し、頬張りながらフレッド様は話を続ける。少しお行儀が悪いなと思ったが、特に窘めたりはしない。……私自身、フレッド様とのお喋りを楽しみにしているところがあるので、お弁当を食べ終わるまで無言でいられると、話す時間が少なくなってしまうからだ。

「英断……かなぁ。確かに騒動は収まり、誰も彼も、一見元通りに仕事をしてるように見えるけど、使用人たちの不満を無理やり押さえ込んだわけだから、皆、腹の底ではそうとう怒ってるんじゃないのか?」
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