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第51話
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ミシェルさんは「ふぅっ」と息を吐き、それからゆっくり口を開く。
「あなたの言いたいことは分かったわ。実際、エリナに実力があることも分かってる。……でも、私はこの結果を受け入れるつもりはない。執事長補佐じゃ困るのよ。全使用人のトップである執事長になれなければ、これまでの私の努力にはなんの価値もないわ。二番じゃ意味ないの」
「ミシェルさん……」
「ねえ、ブレアナ。さっき私は『人格者の仮面をかぶって使用人たちに好かれるようにしてるだけ』って言ったけど、振る舞いのすべてが嘘っぱちってわけじゃないわ。あなたに優しかったのも、全部がご機嫌取りの策略じゃないの。信じてくれる?」
私は頷いた。信じるというより、ミシェルさんが実の姉のように親身に接してくれたことを、ただの策略だと疑いたくなかった。
「ブレアナ、ローラ、アマンダ……今回新しく来た三人のメイドの中で、一番気に入ったのはあなたよ。執念にも似た向上心を感じて、本気で上級メイドになりたいのが伝わってきたからね。私、これでもあなたのことを妹みたいに思ってるのよ。それだけに、あなたがエリナを持ち上げるのは聞いててつらいわ」
「ごめんなさい……」
「謝らなくていいのよ。その代わり、ここでハッキリさせておきましょう。あなたは今後、どっちにつく?」
「えっ?」
「私につくか、それともエリナにつくかってことよ」
「どっちにつくってそんな……。それじゃまるで、これからミシェルさんとエリナさんが本格的に争うみたいじゃないですか。大公家の使用人同士で派閥闘争みたいなことをするなんて、許されないはずです」
「そんなに難しく考えなくていいのよ。やれ執事長だ上級メイドだなんて言っても、私たちは所詮使用人。派閥闘争だなんて大それたこと、できるわけないじゃない。……ただ、今後もめごとがあった時、あなたは私とエリナ、どっちの側につくかってことを知っておきたいのよ。それで、あなたに対する考え方も変えなきゃいけないから」
「……それって、脅しですか?」
「悲しいこと言うのね。まあ、あなたがそう受け取ったのなら、そうかもね」
「今ミシェルさんが言った通り、私たちは所詮使用人。どっちにつくとか、そんなこと決めていいはずがありません。でも、ただ一つ言えることは、私は、私を脅すような人の味方にはなれません」
「そうね。よく考えてみれば、あなたの言う通りね。たかが使用人の分際で、どっちにつくとかつかないとか、そんな話しちゃ駄目よね。今聞いたことは忘れてちょうだい」
これまでの緊迫感が嘘のように、ミシェルさんは笑っていた。その笑顔のまま、話を締めくくる。
「でも、後学のために教えてあげる。貴族だろうが、商人だろうが、"たかが"使用人だろうが、生きてると必ず、厳しい選択を迫られる時があるの。そんな時、もっともらしい理屈を述べて選択することを拒んでると、どうなると思う?」
「…………」
「選べる選択肢すらなくなり、地獄に落ちるのよ」
ミシェルさんは、笑っていなかった。
「あなたの言いたいことは分かったわ。実際、エリナに実力があることも分かってる。……でも、私はこの結果を受け入れるつもりはない。執事長補佐じゃ困るのよ。全使用人のトップである執事長になれなければ、これまでの私の努力にはなんの価値もないわ。二番じゃ意味ないの」
「ミシェルさん……」
「ねえ、ブレアナ。さっき私は『人格者の仮面をかぶって使用人たちに好かれるようにしてるだけ』って言ったけど、振る舞いのすべてが嘘っぱちってわけじゃないわ。あなたに優しかったのも、全部がご機嫌取りの策略じゃないの。信じてくれる?」
私は頷いた。信じるというより、ミシェルさんが実の姉のように親身に接してくれたことを、ただの策略だと疑いたくなかった。
「ブレアナ、ローラ、アマンダ……今回新しく来た三人のメイドの中で、一番気に入ったのはあなたよ。執念にも似た向上心を感じて、本気で上級メイドになりたいのが伝わってきたからね。私、これでもあなたのことを妹みたいに思ってるのよ。それだけに、あなたがエリナを持ち上げるのは聞いててつらいわ」
「ごめんなさい……」
「謝らなくていいのよ。その代わり、ここでハッキリさせておきましょう。あなたは今後、どっちにつく?」
「えっ?」
「私につくか、それともエリナにつくかってことよ」
「どっちにつくってそんな……。それじゃまるで、これからミシェルさんとエリナさんが本格的に争うみたいじゃないですか。大公家の使用人同士で派閥闘争みたいなことをするなんて、許されないはずです」
「そんなに難しく考えなくていいのよ。やれ執事長だ上級メイドだなんて言っても、私たちは所詮使用人。派閥闘争だなんて大それたこと、できるわけないじゃない。……ただ、今後もめごとがあった時、あなたは私とエリナ、どっちの側につくかってことを知っておきたいのよ。それで、あなたに対する考え方も変えなきゃいけないから」
「……それって、脅しですか?」
「悲しいこと言うのね。まあ、あなたがそう受け取ったのなら、そうかもね」
「今ミシェルさんが言った通り、私たちは所詮使用人。どっちにつくとか、そんなこと決めていいはずがありません。でも、ただ一つ言えることは、私は、私を脅すような人の味方にはなれません」
「そうね。よく考えてみれば、あなたの言う通りね。たかが使用人の分際で、どっちにつくとかつかないとか、そんな話しちゃ駄目よね。今聞いたことは忘れてちょうだい」
これまでの緊迫感が嘘のように、ミシェルさんは笑っていた。その笑顔のまま、話を締めくくる。
「でも、後学のために教えてあげる。貴族だろうが、商人だろうが、"たかが"使用人だろうが、生きてると必ず、厳しい選択を迫られる時があるの。そんな時、もっともらしい理屈を述べて選択することを拒んでると、どうなると思う?」
「…………」
「選べる選択肢すらなくなり、地獄に落ちるのよ」
ミシェルさんは、笑っていなかった。
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