上 下
52 / 96

第51話

しおりを挟む
 ミシェルさんは「ふぅっ」と息を吐き、それからゆっくり口を開く。

「あなたの言いたいことは分かったわ。実際、エリナに実力があることも分かってる。……でも、私はこの結果を受け入れるつもりはない。執事長補佐じゃ困るのよ。全使用人のトップである執事長になれなければ、これまでの私の努力にはなんの価値もないわ。二番じゃ意味ないの」

「ミシェルさん……」

「ねえ、ブレアナ。さっき私は『人格者の仮面をかぶって使用人たちに好かれるようにしてるだけ』って言ったけど、振る舞いのすべてが嘘っぱちってわけじゃないわ。あなたに優しかったのも、全部がご機嫌取りの策略じゃないの。信じてくれる?」

 私は頷いた。信じるというより、ミシェルさんが実の姉のように親身に接してくれたことを、ただの策略だと疑いたくなかった。

「ブレアナ、ローラ、アマンダ……今回新しく来た三人のメイドの中で、一番気に入ったのはあなたよ。執念にも似た向上心を感じて、本気で上級メイドになりたいのが伝わってきたからね。私、これでもあなたのことを妹みたいに思ってるのよ。それだけに、あなたがエリナを持ち上げるのは聞いててつらいわ」

「ごめんなさい……」

「謝らなくていいのよ。その代わり、ここでハッキリさせておきましょう。あなたは今後、どっちにつく?」

「えっ?」

「私につくか、それともエリナにつくかってことよ」

「どっちにつくってそんな……。それじゃまるで、これからミシェルさんとエリナさんが本格的に争うみたいじゃないですか。大公家の使用人同士で派閥闘争みたいなことをするなんて、許されないはずです」

「そんなに難しく考えなくていいのよ。やれ執事長だ上級メイドだなんて言っても、私たちは所詮使用人。派閥闘争だなんて大それたこと、できるわけないじゃない。……ただ、今後もめごとがあった時、あなたは私とエリナ、どっちの側につくかってことを知っておきたいのよ。それで、あなたに対する考え方も変えなきゃいけないから」

「……それって、脅しですか?」

「悲しいこと言うのね。まあ、あなたがそう受け取ったのなら、そうかもね」

「今ミシェルさんが言った通り、私たちは所詮使用人。どっちにつくとか、そんなこと決めていいはずがありません。でも、ただ一つ言えることは、私は、私を脅すような人の味方にはなれません」

「そうね。よく考えてみれば、あなたの言う通りね。たかが使用人の分際で、どっちにつくとかつかないとか、そんな話しちゃ駄目よね。今聞いたことは忘れてちょうだい」

 これまでの緊迫感が嘘のように、ミシェルさんは笑っていた。その笑顔のまま、話を締めくくる。

「でも、後学のために教えてあげる。貴族だろうが、商人だろうが、"たかが"使用人だろうが、生きてると必ず、厳しい選択を迫られる時があるの。そんな時、もっともらしい理屈を述べて選択することを拒んでると、どうなると思う?」

「…………」

「選べる選択肢すらなくなり、地獄に落ちるのよ」

 ミシェルさんは、笑っていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼い頃、義母に酸で顔を焼かれた公爵令嬢は、それでも愛してくれた王太子が冤罪で追放されたので、ついていくことにしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 設定はゆるくなっています、気になる方は最初から読まないでください。 ウィンターレン公爵家令嬢ジェミーは、幼い頃に義母のアイラに酸で顔を焼かれてしまった。何とか命は助かったものの、とても社交界にデビューできるような顔ではなかった。だが不屈の精神力と仮面をつける事で、社交界にデビューを果たした。そんなジェミーを、心優しく人の本質を見抜ける王太子レオナルドが見初めた。王太子はジェミーを婚約者に選び、幸せな家庭を築くかに思われたが、王位を狙う邪悪な弟に冤罪を着せられ追放刑にされてしまった。

どうやら私は不必要な令嬢だったようです

かのん
恋愛
 私はいらない存在だと、ふと気づいた。  さようなら。大好きなお姉様。

【完結】これからはあなたに何も望みません

春風由実
恋愛
理由も分からず母親から厭われてきたリーチェ。 でももうそれはリーチェにとって過去のことだった。 結婚して三年が過ぎ。 このまま母親のことを忘れ生きていくのだと思っていた矢先に、生家から手紙が届く。 リーチェは過去と向き合い、お別れをすることにした。 ※完結まで作成済み。11/22完結。 ※完結後におまけが数話あります。 ※沢山のご感想ありがとうございます。完結しましたのでゆっくりですがお返事しますね。

何も知らない愚かな妻だとでも思っていたのですか?

木山楽斗
恋愛
公爵令息であるラウグスは、妻であるセリネアとは別の女性と関係を持っていた。 彼は、そのことが妻にまったくばれていないと思っていた。それどころか、何も知らない愚かな妻だと嘲笑っていたくらいだ。 しかし、セリネアは夫が浮気をしていた時からそのことに気づいていた。 そして、既にその確固たる証拠を握っていたのである。 突然それを示されたラウグスは、ひどく動揺した。 なんとか言い訳して逃れようとする彼ではあったが、数々の証拠を示されて、その勢いを失うのだった。

婚約者が私以外の人と勝手に結婚したので黙って逃げてやりました〜某国の王子と珍獣ミミルキーを愛でます〜

平川
恋愛
侯爵家の莫大な借金を黒字に塗り替え事業を成功させ続ける才女コリーン。 だが愛する婚約者の為にと寝る間を惜しむほど侯爵家を支えてきたのにも関わらず知らぬ間に裏切られた彼女は一人、誰にも何も告げずに屋敷を飛び出した。 流れ流れて辿り着いたのは獣人が治めるバムダ王国。珍獣ミミルキーが生息するマサラヤマン島でこの国の第一王子ウィンダムに偶然出会い、強引に王宮に連れ去られミミルキーの生態調査に参加する事に!? 魔法使いのウィンロードである王子に溺愛され珍獣に癒されたコリーンは少しずつ自分を取り戻していく。 そして追い掛けて来た元婚約者に対して少女であった彼女が最後に出した答えとは…? 完結済全6話

婚約者と兄、そして親友だと思っていた令嬢に嫌われていたようですが、運命の人に溺愛されて幸せです

珠宮さくら
恋愛
侯爵家の次女として生まれたエリシュカ・ベンディーク。彼女は見目麗しい家族に囲まれて育ったが、その中で彼女らしさを損なうことなく、実に真っ直ぐに育っていた。 だが、それが気に入らない者も中にはいたようだ。一番身近なところに彼女のことを嫌う者がいたことに彼女だけが、長らく気づいていなかった。 嫌うというのには色々と酷すぎる部分が多々あったが、エリシュカはそれでも彼女らしさを損なうことなく、運命の人と出会うことになり、幸せになっていく。 彼だけでなくて、色んな人たちに溺愛されているのだが、その全てに気づくことは彼女には難しそうだ。

【完結】愛に裏切られた私と、愛を諦めなかった元夫

紫崎 藍華
恋愛
政略結婚だったにも関わらず、スティーヴンはイルマに浮気し、妻のミシェルを捨てた。 スティーヴンは政略結婚の重要性を理解できていなかった。 そのような男の愛が許されるはずないのだが、彼は愛を貫いた。 捨てられたミシェルも貴族という立場に翻弄されつつも、一つの答えを見出した。

【完結・全7話】妹などおりません。理由はご説明が必要ですか?お分かりいただけますでしょうか?

BBやっこ
恋愛
ナラライア・グスファースには、妹がいた。その存在を全否定したくなり、血の繋がりがある事が残念至極と思うくらいには嫌いになった。あの子が小さい頃は良かった。お腹が空けば泣き、おむつを変えて欲しければむずがる。あれが赤ん坊だ。その時まで可愛い子だった。 成長してからというもの。いつからあんな意味不明な人間、いやもう同じ令嬢というジャンルに入れたくない。男を誘い、お金をぶんどり。貢がせて人に罪を着せる。それがバレてもあの笑顔。もう妹というものじゃない。私の婚約者にも毒牙が…!

処理中です...