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第49話

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 ミシェルさんはいまだにニコニコしているが、今の言葉には、かすかに私を責める意思を感じさせた。どういう言葉を返そうかと思案していると、ミシェルさんはそもそも私からの返事など期待していないかのように、淡々と語り続ける。

「自分で言うのもなんだけど、私、あなたのことけっこう可愛がってあげてたと思うのよね。仕事中も、そうでないときも。この前ごちそうしてあげたケーキ、覚えてる? あれ、割と高級品なのよ? もう忘れちゃったかしら?」

「お、覚えています。とても美味しかったですし、ミシェルさんとお話しして過ごす時間も、楽しかったです。それ以外にもミシェルさんには、大公家に来てすぐの時から、とても良くしてもらったと思って、感謝しています」

「そうよね。あなたが私のことを慕ってるのはよくわかるし、私もあなたのこと、好きよ。それだけに、不思議でしょうがないのよ。どうして私じゃなくて、ろくにあなたと話もしないエリナに票を入れたの?」

 私は変に取り繕ったりせず、すべてを正直に述べることにした。

「すべての使用人と一定の距離のあるエリナさんの方が、公平な立場であるべき執事長としてふさわしいと感じたんです。さらに言うなら、ミシェルさんが高いコミュニケーション能力を活かして、執事長になったエリナさんを近くで補佐するのが、理想的な関係だと思ったんです」

「なんで私があんな卑しい子を補佐しなきゃならないのよっ!」

 それは、私が初めて聞くミシェルさんの怒鳴り声だった。ミシェルさんは、もう笑っていなかった。普段笑顔な人ほど、その笑みが消えた顔は恐ろしい。実家で、ブレアナやグロリアに激しく怒鳴られ、怒りを感じることはあっても恐怖を感じることなどなかった私だが、ミシェルさんの、そこまで大きくもない怒声には身がすくんだ。

「私はね、ちゃんとした面接を受けてメイドになり、5年もの厳しい修行を経て上級メイドに選抜された。大公様を寝室でたらし込み、特別な寵愛を受け、一年かそこらで上級メイドにしてもらった卑しいエリナとはわけが違うのよ。まあ、成り上がり方は人それぞれだし、別にエリナのやり方を責めようって気はない。でもね……」

 ミシェルさんの綺麗な顔が、怒り、妬み、恨み、嘲り、多種多様の感情でぐにゃぐにゃ歪み、狂った抽象画のようになる。人間がこんな表情を作ることができるのかという思い以上に、いつもの優しい笑顔が完全に消え去ってしまったことが恐ろしく、悲しかった。

「……こっちは執事長になるために、出来得る限りの人気取りをして、ほぼすべての使用人の支持を取り付けたってのに、あの呆けた年寄りの一言で全部がひっくり返って、その結果、私がエリナの下につかなきゃならないですって? 笑えない冗談だわ。ブレアナ。これでも、私がエリナの補佐をすべきだって思う?」
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