49 / 105
第48話
しおりを挟む
・
・
・
執事長を決める選挙から数日後。私はミシェルさんの個室に呼び出された。それ自体は、大してめずらしいことではない。ミシェルさんは、よく新人のメイドを部屋に招き、お菓子や紅茶を振る舞ってくれていたから。
しかし、その日はお菓子も紅茶もなかった。ただ、ミシェルさんの笑顔だけはいつも通りだ。なので、私は特に不安に思うこともなく「お呼びでしょうか?」と尋ねる。ミシェルさんは相変わらず優しい微笑のまま、椅子を引いて「座って」と言った。
私が座ると、テーブルを挟んでミシェルさんも向かい側に座り、それから両手の指を組んで、私をじっと見る。いつも通り、優しく笑っている。しかしそこで気がついた。柔和なのは口元だけで、ミシェルさんの目がまったく笑っていないことに。
「ブレアナ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら」
いいかしらと伺いこそ立てているものの、拒絶することなどできようはずもない重みが、その問いにはあった。声色そのものはいつも通りに優しいのが、アンバランスで妙に不気味だった。圧倒された私が小さく頷くと、ミシェルさんはニッコリ微笑んで話を続ける。
「この前の選挙。あなた、エリナに投票したわね。どうして?」
背筋がぞわっとした。ミシェルさんではなくエリナさんに投票したことを責められたと思ったから……ではない。実際、ミシェルさんの今の言葉には、特に私を責めるようなイントネーションは含まれておらず、単に『不思議だから理由を教えて』といった感じの、ごく普通の質問だった。
では、なぜ背筋に悪寒が走ったのか。……私は、誰にもエリナさんに投票したことを話していないのだ。この大公家で一番の友達であるローラにも、投票相手を匂わすようなことすら話していない。それなのに、どうして……
察しの良いミシェルさんは、今私が頭の中で浮かべた疑問をすぐに悟ったらしく、ずっと変わらない、張り付いたままのニコニコ笑顔で答える。
「選挙管理者に任命されて、票の集計をしていたベラがね、教えてくれたのよ。9割以上の使用人が私に投票したのに、何名か、エリナに票を入れた人間がいるってね」
「そんな。選挙管理者の役目は厳正なもので、誰が誰に票を入れたかは、決して漏らしてはいけないはずです」
「そうよね。でもベラってば、私のことが大好きだから、よくこの部屋に来るのよ。それで、つい口を滑らせちゃったのね。ショックだったわ。エリナに票を入れた"何名か"の中に、なんとブレアナ、あなたの名前があるじゃない。あなたは間違いなく、私に投票してくれると思ってたのに」
・
・
執事長を決める選挙から数日後。私はミシェルさんの個室に呼び出された。それ自体は、大してめずらしいことではない。ミシェルさんは、よく新人のメイドを部屋に招き、お菓子や紅茶を振る舞ってくれていたから。
しかし、その日はお菓子も紅茶もなかった。ただ、ミシェルさんの笑顔だけはいつも通りだ。なので、私は特に不安に思うこともなく「お呼びでしょうか?」と尋ねる。ミシェルさんは相変わらず優しい微笑のまま、椅子を引いて「座って」と言った。
私が座ると、テーブルを挟んでミシェルさんも向かい側に座り、それから両手の指を組んで、私をじっと見る。いつも通り、優しく笑っている。しかしそこで気がついた。柔和なのは口元だけで、ミシェルさんの目がまったく笑っていないことに。
「ブレアナ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかしら」
いいかしらと伺いこそ立てているものの、拒絶することなどできようはずもない重みが、その問いにはあった。声色そのものはいつも通りに優しいのが、アンバランスで妙に不気味だった。圧倒された私が小さく頷くと、ミシェルさんはニッコリ微笑んで話を続ける。
「この前の選挙。あなた、エリナに投票したわね。どうして?」
背筋がぞわっとした。ミシェルさんではなくエリナさんに投票したことを責められたと思ったから……ではない。実際、ミシェルさんの今の言葉には、特に私を責めるようなイントネーションは含まれておらず、単に『不思議だから理由を教えて』といった感じの、ごく普通の質問だった。
では、なぜ背筋に悪寒が走ったのか。……私は、誰にもエリナさんに投票したことを話していないのだ。この大公家で一番の友達であるローラにも、投票相手を匂わすようなことすら話していない。それなのに、どうして……
察しの良いミシェルさんは、今私が頭の中で浮かべた疑問をすぐに悟ったらしく、ずっと変わらない、張り付いたままのニコニコ笑顔で答える。
「選挙管理者に任命されて、票の集計をしていたベラがね、教えてくれたのよ。9割以上の使用人が私に投票したのに、何名か、エリナに票を入れた人間がいるってね」
「そんな。選挙管理者の役目は厳正なもので、誰が誰に票を入れたかは、決して漏らしてはいけないはずです」
「そうよね。でもベラってば、私のことが大好きだから、よくこの部屋に来るのよ。それで、つい口を滑らせちゃったのね。ショックだったわ。エリナに票を入れた"何名か"の中に、なんとブレアナ、あなたの名前があるじゃない。あなたは間違いなく、私に投票してくれると思ってたのに」
232
お気に入りに追加
1,026
あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。
お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました
蒼衣翼
恋愛
アイメリアは今年十五歳になる少女だ。
家族に虐げられて召使いのように働かされて育ったアイメリアは、ある日突然、父親であった存在に「お前など家族ではない!」と追い出されてしまう。
アイメリアは養子であり、家族とは血の繋がりはなかったのだ。
閉じ込められたまま外を知らずに育ったアイメリアは窮地に陥るが、救ってくれた騎士の身の回りの世話をする仕事を得る。
養父母と義姉が自らの企みによって窮地に陥り、落ちぶれていく一方で、アイメリアはその秘められた才能を開花させ、救い主の騎士と心を通わせ、自らの居場所を作っていくのだった。
※小説家になろうさま・カクヨムさまにも掲載しています。

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎

不貞の子を身籠ったと夫に追い出されました。生まれた子供は『精霊のいとし子』のようです。
桧山 紗綺
恋愛
【完結】嫁いで5年。子供を身籠ったら追い出されました。不貞なんてしていないと言っても聞く耳をもちません。生まれた子は間違いなく夫の子です。夫の子……ですが。 私、離婚された方が良いのではないでしょうか。
戻ってきた実家で子供たちと幸せに暮らしていきます。
『精霊のいとし子』と呼ばれる存在を授かった主人公の、可愛い子供たちとの暮らしと新しい恋とか愛とかのお話です。
※※番外編も完結しました。番外編は色々な視点で書いてます。
時系列も結構バラバラに本編の間の話や本編後の色々な出来事を書きました。
一通り主人公の周りの視点で書けたかな、と。
番外編の方が本編よりも長いです。
気がついたら10万文字を超えていました。
随分と長くなりましたが、お付き合いくださってありがとうございました!

玉の輿を狙う妹から「邪魔しないで!」と言われているので学業に没頭していたら、王子から求婚されました
歌龍吟伶
恋愛
王立学園四年生のリーリャには、一学年下の妹アーシャがいる。
昔から王子様との結婚を夢見ていたアーシャは自分磨きに余念がない可愛いらしい娘で、六年生である第一王子リュカリウスを狙っているらしい。
入学当時から、「私が王子と結婚するんだからね!お姉ちゃんは邪魔しないで!」と言われていたリーリャは学業に専念していた。
その甲斐あってか学年首位となったある日。
「君のことが好きだから」…まさかの告白!

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる