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第45話

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「別に恩を感じる必要はないわ。もう一度言うけど、私が勝手にやっているだけだから。それに、貰っている金額が気に入らなければ、給金の交渉をする権利は誰にでもある。あなた、もう少しお金が欲しいの?」

 もちろん、もらえるものなら欲しいが、ただでさえエリナさんのポケットマネーから出たお金をもらっているのに、これ以上くれだなんて厚かましいことはさすがに言えない。

 だが、私が黙ってしまったことを、エリナさんは『要求の肯定』だと解釈したらしく、無言で自らのお財布を取り出して、紙幣をつまみ上げた。私は慌てて、遠慮の言葉を述べる。

「いえ、いいんです。正式なお給料なら欲しいですけど、エリナさんからお小遣いみたいな形でもらうことはできません。すでにもらってしまったお金も、お返しします」

 その言葉で、普段はどんなことが起こっても表情を変えないエリナさんが、少しだけ驚いたような顔になった。とはいえ、それもわずか1秒程度の話で、すぐにいつもの冷静な表情に戻った。しかし、驚きという感情そのものがなくなったわけではないようで、めずらしく質問してくる。

「どうして? 言っておくけど、あなただけを特別扱いしてるわけじゃないわ。ローラにも、アマンダにも、同じだけの金額を渡してある。一ヶ月働いて無給では、意欲が上がらないでしょう? 私の出したお金は、正式な給金ではないとしても、不当な給金でもない。だから、普通は返そうだなんて思わないはずよ」

 普段、最低限の事しかしゃべらないエリナさんの口から、ワッと言葉の洪水を浴びせられて、驚くのと同時に、新鮮な感動のようなものが胸にわきおこる。エリナさんも、こんなふうに疑問を感じることのある普通の人間なんだなと思うと、急に親近感がわいてきた。だから、ちょっと軽口を叩いてみる。

「エリナさんも、こんなふうにワッと話すことがあるんですね」

 そこで、普段とは違う自分の様子を自覚したのか、エリナさんは少し頬を赤くした。そして、ちょっとムッとした感じで言う。その仕草が妙に子供っぽくて、ちょっと可愛い。

「からかわないで。私は真剣に聞いているのよ」

「すいません、からかったわけじゃないんです。えっとですね、やっぱり、エリナさんからもらったお金は、労働の正当な評価として大公家から払われるお金とは、ちょっと違うというか……。その、ハッキリ言うと『憐れみ』が含まれてますよね?」

「それは……」

 エリナさんは黙った。この反応は、肯定と受け取っていいのだろう。

「私たちを憐れみ、思いやってくれることはとても嬉しいです。でも、その思いやりに甘えてしまったら、私、これ以上成長できないような気がして。……だってエリナさんは、私たちと同じ境遇で、無給で働いて、それでも上級メイドになったでしょう? 私も、そんなふうになりたいんです」
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