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第44話

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 気合を入れ、やや肩を怒らせて、エリナさんのいる経理室に向かう私。その途上、廊下で偶然ジェームス様と出会った。ジェームス様は、今から喧嘩にでも行くような私の様子を見て苦笑した。

「ブレアナ。なんです? その歩き方は? 大公家のメイドたるもの、もう少ししとやかな振る舞いをしてほしいものですね」

「おしとやかにしてたら、エリナさんの理路整然とした契約論に言い負かされちゃうんで、少しくらい喧嘩腰じゃないとお給料の交渉ができないんですよ」

 ジェームス様は首を傾げた。

「給料の交渉などしてどうするんです? あなたの給料はすべて、あなたの嫌いな実家に送られる契約で、これは三年間決して更新されることはありません。たとえ交渉で多少は給料が増えたとしても、憎らしい者たちに送る金額が増えるだけで、どちらにしてもあなたの手取りはそもそもゼロ。労力の無駄でしょう」

 私は怒らせた肩を下げ、キョトンとしてしまった。

「あの、私の手取りがそもそもゼロって、どういうことですか? 一応、全体の一割は貰ってるんですけど」

 今度は、ジェームス様がキョトンとする番だった。数秒たってから、ジェームス様は『理由が分かった』というように一人頷き、静かに語り始める。

「それはきっと、エリナがポケットマネーから支給しているんでしょう。恐らく、ローラやアマンダにもそうしていると思いますよ」

「ど、どうしてそんなことを……?」

「あなたは知らなかったかもしれませんが、エリナもあなたたちと同じく、父上の意思で連れてこられた娘だったのです。そして、彼女も下働きの時は、すべての給料を家族に吸い上げられていたので、完全な無給で働いていました。その辛さを知っているから、あなたたちに、わずかでも自分の自由になるお金を与えたいのでしょう」

 フレッド様に教えられたことで、エリナさんが元々は私たちと同じ境遇であることは知っていたが、まさか、あの十分の一の給料が、エリナさんのポケットマネーから出ているとは、夢にも思わなかった。十分の一とはいえ、私とローラ、アマンダの三人分となれば、結構な額だ。それなのに……

「あの、失礼します、ジェームス様っ」

 私はジェームス様に頭を下げ、大急ぎで経理室に向かった。もう、給料の交渉をする気はなかった。それよりも、私たちにほどこしをしているのに、何故ひとことも言ってくれなかったのか、その理由をエリナさんから聞きたかった。私の問いに、経理作業をしていたエリナさんは、事も無げに答える。

「私が勝手にやっていることで、特に主張する必要がないからよ」

「いや、でも、そういうことは言ってもらわないと……。私、何も気づかずに、恩知らずにもお給料の交渉に来るところでした」
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