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第42話
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「真の誠実さとは、寡黙さの中にある。おしゃべりはいかん、いかんぞぉ。ただやかましいだけならまだいいが、しゃべるのが上手い奴は、気をつけねばならん。何故だか分かるか?」
「い、いえ、わかりません」
「そうか! ならば、これからワシが言うことをよく聞いておけ!」
語っているうちに気分が高揚して来たのか、大公様は急にベッドの上で立ち上がり、私に力強い弁舌を振るい始めた。いったい、何の講釈が始まったのだろうと思いつつ、私は素直に耳を傾ける。
「しゃべるのが上手い――つまり、コミュニケーション能力にたけた者は、言葉で人の心を操ることができるのだ。それこそ、魔法か何かのようにな!」
「は、はぁ、なるほど」
「なんだその生返事は! もっと真剣に聞け!」
「す、すいません」
「よいか。言葉というのは恐ろしいものだ。考えてもみろ、人に好かれるのも、人を傷つけるのも、騙すことも、言葉だけで可能なのだ。対象に指一本触れずにな。だから弁舌能力に優れた人間は、自然と人の気持ちを操るようになる。なのでワシは、やたらと舌の回る奴は信用せんのだ!」
「あの、大公様の仰ること、分からないでもないんですけど、なんだか、もの凄い極論のような気もします……」
しまった。あまりに吹っ飛んだ理屈を展開されたので、つい反論してしまった。たかがいちメイドが、大公様の理論にケチをつけるなど、決してあってはならないことだ。私は、立ったままの大公様を恐る恐る見上げる。当然、憤怒の形相を覚悟していたが、大公様の顔は、ビックリするほど無表情だった。
その感情のない顔で、大公様は感情のない声を出す。
「お前はそう思うのか?」
ここまで来て、今さら『いえ、そんなことは……』と意見を翻すのは、むしろ大公様を馬鹿にしているような気がしたので、私は覚悟を決めて頷いた。
「はい。例えば詐欺師のように、人を欺くのが得意な者は、弁舌能力に優れた人が多いと思いますが、だからと言って、弁舌能力に優れた人が、必ずしも人を欺く行為をするとは限らないと思います」
「うむ、そうか。それも一理あるな。んんんん、んんんんんん」
大公様は唸り声をあげ、その場に座り込んだ。その表情は、先程唸っていた時と同じく、どこか満足げである。どうやら、ご機嫌を損ねずに済んだらしい。ホッとする私だったが、次の瞬間ぎょっとする。大公様が這うようにして、私のすぐそばにまでやって来たからだ。
そのとき、私は何のためにこの部屋に呼ばれたかを思い出した。まさに目と鼻の距離で、大公様は私をじっと見つめている。そして、心から不思議そうにこう尋ねてきた。
「お前は誰だ? 何故、ワシのベッドに座っておる」
「い、いえ、わかりません」
「そうか! ならば、これからワシが言うことをよく聞いておけ!」
語っているうちに気分が高揚して来たのか、大公様は急にベッドの上で立ち上がり、私に力強い弁舌を振るい始めた。いったい、何の講釈が始まったのだろうと思いつつ、私は素直に耳を傾ける。
「しゃべるのが上手い――つまり、コミュニケーション能力にたけた者は、言葉で人の心を操ることができるのだ。それこそ、魔法か何かのようにな!」
「は、はぁ、なるほど」
「なんだその生返事は! もっと真剣に聞け!」
「す、すいません」
「よいか。言葉というのは恐ろしいものだ。考えてもみろ、人に好かれるのも、人を傷つけるのも、騙すことも、言葉だけで可能なのだ。対象に指一本触れずにな。だから弁舌能力に優れた人間は、自然と人の気持ちを操るようになる。なのでワシは、やたらと舌の回る奴は信用せんのだ!」
「あの、大公様の仰ること、分からないでもないんですけど、なんだか、もの凄い極論のような気もします……」
しまった。あまりに吹っ飛んだ理屈を展開されたので、つい反論してしまった。たかがいちメイドが、大公様の理論にケチをつけるなど、決してあってはならないことだ。私は、立ったままの大公様を恐る恐る見上げる。当然、憤怒の形相を覚悟していたが、大公様の顔は、ビックリするほど無表情だった。
その感情のない顔で、大公様は感情のない声を出す。
「お前はそう思うのか?」
ここまで来て、今さら『いえ、そんなことは……』と意見を翻すのは、むしろ大公様を馬鹿にしているような気がしたので、私は覚悟を決めて頷いた。
「はい。例えば詐欺師のように、人を欺くのが得意な者は、弁舌能力に優れた人が多いと思いますが、だからと言って、弁舌能力に優れた人が、必ずしも人を欺く行為をするとは限らないと思います」
「うむ、そうか。それも一理あるな。んんんん、んんんんんん」
大公様は唸り声をあげ、その場に座り込んだ。その表情は、先程唸っていた時と同じく、どこか満足げである。どうやら、ご機嫌を損ねずに済んだらしい。ホッとする私だったが、次の瞬間ぎょっとする。大公様が這うようにして、私のすぐそばにまでやって来たからだ。
そのとき、私は何のためにこの部屋に呼ばれたかを思い出した。まさに目と鼻の距離で、大公様は私をじっと見つめている。そして、心から不思議そうにこう尋ねてきた。
「お前は誰だ? 何故、ワシのベッドに座っておる」
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