上 下
42 / 105

第41話

しおりを挟む
 私は「はい」と頷いて、大公様が指さした場所に腰を下ろす。

 高貴な方の使用する最上級のベッドの感触。それは自分が今、大公様の寝室にて、大公様のベッドに座しているという現実感そのものであり、その逃げられない現実が、私の心を焼くようだった。

 さっき決意した通りに、感情をゼロにしようと努力するが、これから起こることを思うと、どんなに気持ちを鎮めようとしても、どうしようもなかった。

 当然だろう。感情をなくそうと思うだけで、本当に感情がなくなる人間がいるとしたら、それはもう人間ではない。我ながら、できもしない馬鹿な決意をしたものだと苦笑する。

「どうかね?」

 大公様のその言葉で、私はまた困ってしまった。ただ『どうかね?』って言われても、こちらとしては返答のしようがない。だからといって聞き返すのも無礼な気がして、私は黙るしかなかった。すると、先程と同じく、大公様は少しだけ言葉をつけ足した。

「メイドの仕事はどうかね?」

 なるほど。だんだんわかってきた。どうやら大公様は、言いたいことをまず最初に極限まで簡略化して述べ、それから言葉を付け加える話し方のクセのようなものがあるみたいだ。何故、こんな時にメイドの仕事について聞くのだろうと思ったが、私は素直に、思ったままを答える。

「とてもやりがいがあります。いろんなことを勉強させてもらえますし、毎日が充実しています」

「そうか、そうか。他のメイドたちとは、喧嘩にならんか?」

「あの、えっと、最初は少しそういうこともありましたが、今は大丈夫です」

 最初の頃は、アマンダとよく言いあいになったが、最近ではアマンダの方が、私やローラのことなんてほとんど無視してるし、向こうが突っかかってさえ来なければ、こちらから喧嘩を吹っ掛けたりはしない。

「そうか、そうか。上司の上級メイドは、よくしてくれるかね?」

「はい。エリナさんもミシェルさんも立派な方で、尊敬できる先輩です」

「うんうん。エリナか。うん、エリナか。んんんん、エリナかあ」

 大公様は、時々唸るような声を上げながら、何度もエリナさんの名を呟いた。その唸り声が重たかったので、一瞬怒っているのかと思ったけど、その表情は満足げなので、この唸り声もたぶん、大公様の話し方のクセのひとつなのだろう。

「エリナ、エリナ、エリナ。あの子も最初は色々と問題があったが、今では最も信頼を置くメイドだ。へらへら笑わず、寡黙なところもいい。ワシはおしゃべりなメイドは好かん」

「は、はぁ……」

 それならば、どうしておしゃべりなブレアナやアマンダを大公家に連れてこようと思ったのか理解に苦しむが、まさかそんなことを言うわけにもいかず、私はあいまいな愛想笑いを浮かべるしかなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】捨てられた双子のセカンドライフ

mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】 王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。 父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。 やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。 これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。 冒険あり商売あり。 さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。 (話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

身代わりで嫁いだ偽物の私が本物になるまで

めぐめぐ
恋愛
幼い頃、母を亡くしたテレシアは、弟とともに、ベーレンズ伯爵家に仕えていた。 しかしテレシアが仕えているベーレンズ伯爵家の一人娘シャルロッテに突然、魔術師であるトルライン侯爵家ヴェッセルに嫁げという王命が下るが、魔術師との結婚を嫌がったシャルロッテは家を飛び出し行方不明になってしまう。 仕えていた主が失踪し責任を負わされたテレシアは、シャルロッテと偽ってヴェッセルの元に嫁ぐように命令されてしまう。 何とかバレずに、ヴェッセルと婚姻を結ぶことに成功したテレシアだったが、彼の弟を名乗る青年チェスに、シャルロッテではないことを見抜かれてしまい―― 秘密がテーマのコンテストに応募した作品です。 他サイトにも転記しています。 ※2万字ぐらいなので展開は早いです。 ※設定はゆるゆるです。頭空っぽでお願いします。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

【完結】偽物と呼ばれた公爵令嬢は正真正銘の本物でした~私は不要とのことなのでこの国から出ていきます~

Na20
恋愛
私は孤児院からノスタルク公爵家に引き取られ養子となったが家族と認められることはなかった。 婚約者である王太子殿下からも蔑ろにされておりただただ良いように使われるだけの毎日。 そんな日々でも唯一の希望があった。 「必ず迎えに行く!」 大好きだった友達との約束だけが私の心の支えだった。だけどそれも八年も前の約束。 私はこれからも変わらない日々を送っていくのだろうと諦め始めていた。 そんな時にやってきた留学生が大好きだった友達に似ていて… ※設定はゆるいです ※小説家になろう様にも掲載しています

処理中です...