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第36話

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「まるで、俺の内面が単純だと言ってるように聞こえるな」

「そうだとしても、私は単純なのって、悪いことだとは思いません。人と人の心をつなぐのは、結局のところ、複雑なコミュニケーションより、シンプルな気持ちのやり取りだと思うので」

 我ながら、大公様の長男を相手にとんでもなく馴れ馴れしいことを言っているなと思う。しかし、不安だとか、緊張だとか、そんな気持ちはまったくなかった。これは、私が図太いとか、度胸があるとかじゃなくて、フレッド様の人柄の力なのだと思う。なんとなく、優しい兄に甘えるような感じで、何でも話せてしまうのだ。

「一応、褒められてると思っていいのか?」

「一応どころか、かなり褒めてるつもりなんですが……」

「だとしたら、お前も俺と同じで、あまり人を褒めるのが上手くないな。余計な言い回しをせずに、もっと素直に好意をアピールしろよ」

「好きというほどでもありませんので」

「何て言い草だ。まったく。生意気な妹みたいだよ、お前は」

 お互いに、けっこうツンツンした言葉を使っているが、刺々しい害意はない。気安い関係というのは、まさに今の私たちのようなことを言うのだろう。照れ隠しに『好きというほどでもありませんので』なんて軽口をたたいてしまったが、実際のところ、私はフレッド様にかなりの好意を抱いていた。

 そう自覚してしまうと、ますます照れくさくなり、私は何も言い返さずに黙ってしまった。フレッド様もおしゃべりをやめ、しばらく無言でサンドイッチを頬張る。正午の風が火照った頬を冷やしてくれるようで、心地よかった。

 どれだけ沈黙していただろうか。フレッド様が、思い出したみたいにポツリと呟く。

「ブレアナ、お前がここに来てどれくらいになるかな」

「まだ30分もたってないと思いますけど」

「違う違う。大公家に来てどれくらいかってことだ」

「えっと、そろそろ一ヶ月でしょうか」

「一ヶ月か。……その、お前はまだ、父上に呼ばれてはいないのだろう?」

 フレッド様は、あえて"寝室に"という言葉を使わなかった。彼がなぜ、今そんな質問をするのか分からなかったが、私は黙って小さく頷く。

「そうだろうな。近頃、父上は早くお休みになるから、夜になって人を寝室に呼べば、すぐにわかる。この一ヶ月で父上の寝室に他人が入ったのは二回だけだ。一度目は、あの大人しいローラという子で、二度目はさっき話題にあがった金髪のアマンダ。だからまあ、消去法でお前は呼ばれてないことになるよな」

 なんだか、奥歯に物が挟まったみたいな、持って回った言いまわしだった。

 いったい何が言いたいのだろう?
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