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第32話
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私は、ぽかんと口を開けた。まさか、そんな言葉が返って来るとは夢にも思っていなかったからだ。『すべて、私の心にしまっておきますよ』――その言葉を素直に解釈するなら、私がブレアナの身代わりをしていることを知りながら、大公様には言わないでおいてくれるということである。
どうして……?
先程と同じく、思った通りのことがそのまま口から出る。
「どうして……?」
「あなたがシンシアでも、ブレアナでも、どっちでもいいからですよ。父上が呼びつけた『ブレアナ』として振る舞ってくれるのならね。本当のブレアナを知らない父上には、見分けなどつきませんから。なのに、今さら身代わりだのどうだのと事を荒立てても面倒なだけです。ふふふ、そんなことよりも……」
ジェームス様は、その端正な口元を手で押さえた。どうやら、含み笑いを隠しているらしい。だが、隠し切れない笑い声をかすかに漏らしながら、言葉を続ける。
「……大公家を欺くという非礼を、軽々とおこなう者が出てきたことが嬉しいんですよ。くだらない役目を押し付けられて、ずっと気鬱でしたが、久しぶりに良い気分です。シンシア、あなたのおかげですよ。おっと、どこで誰が聞いているか分かりませんから、ちゃんとブレアナと呼ばなければなりませんね。ふふふふ」
まだ笑ってる。
何がそんなにおかしいんだろう?
欺かれて怒るならともかく、笑うのは理解できない。でも、どう見ても強がりで笑っているようには見えないし、心から嬉しそうだ。……だけど、なんだか暗い笑みだ。ほんの少し前に言ったことと矛盾するけど、嬉しいけど嬉しくない、楽しいけど楽しくない、そんな笑いをジェームス様が浮かべているように、私には見えた。
・
・
・
やがて、ジェームス様は部屋を出て行き、これまでの話についてこれなかったローラに、私はすべてを説明した。誠実なローラなら、誰かに私の正体をバラすことなど決してないと信頼してのことだった(恐らくジェームス様もそう見越しているから、ローラがいても構わずに私の正体の話をしたのだろう)。
私の話を聞き終えたローラは、小さな声で呟いた。
「あなたって凄いのね、ブレアナ……いえ、シンシアって呼んだ方がいいのかしら?」
私は首を左右に振る。
「ううん。さっきジェームス様も言ってたけど、どこで誰が聞いてるか分からないから、今まで通りブレアナって呼んで。……凄いって、なんのこと?」
「だって、お爺ちゃんとお婆ちゃんのために、嫌な相手の身代わりになるなんて、なかなかできることじゃないわ。もし私があなたと同じ立場だったら、たぶん、身代わりになることを受け入れることも、拒否することも決断できずに、ずっと泣いてるだけだと思う」
どうして……?
先程と同じく、思った通りのことがそのまま口から出る。
「どうして……?」
「あなたがシンシアでも、ブレアナでも、どっちでもいいからですよ。父上が呼びつけた『ブレアナ』として振る舞ってくれるのならね。本当のブレアナを知らない父上には、見分けなどつきませんから。なのに、今さら身代わりだのどうだのと事を荒立てても面倒なだけです。ふふふ、そんなことよりも……」
ジェームス様は、その端正な口元を手で押さえた。どうやら、含み笑いを隠しているらしい。だが、隠し切れない笑い声をかすかに漏らしながら、言葉を続ける。
「……大公家を欺くという非礼を、軽々とおこなう者が出てきたことが嬉しいんですよ。くだらない役目を押し付けられて、ずっと気鬱でしたが、久しぶりに良い気分です。シンシア、あなたのおかげですよ。おっと、どこで誰が聞いているか分かりませんから、ちゃんとブレアナと呼ばなければなりませんね。ふふふふ」
まだ笑ってる。
何がそんなにおかしいんだろう?
欺かれて怒るならともかく、笑うのは理解できない。でも、どう見ても強がりで笑っているようには見えないし、心から嬉しそうだ。……だけど、なんだか暗い笑みだ。ほんの少し前に言ったことと矛盾するけど、嬉しいけど嬉しくない、楽しいけど楽しくない、そんな笑いをジェームス様が浮かべているように、私には見えた。
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やがて、ジェームス様は部屋を出て行き、これまでの話についてこれなかったローラに、私はすべてを説明した。誠実なローラなら、誰かに私の正体をバラすことなど決してないと信頼してのことだった(恐らくジェームス様もそう見越しているから、ローラがいても構わずに私の正体の話をしたのだろう)。
私の話を聞き終えたローラは、小さな声で呟いた。
「あなたって凄いのね、ブレアナ……いえ、シンシアって呼んだ方がいいのかしら?」
私は首を左右に振る。
「ううん。さっきジェームス様も言ってたけど、どこで誰が聞いてるか分からないから、今まで通りブレアナって呼んで。……凄いって、なんのこと?」
「だって、お爺ちゃんとお婆ちゃんのために、嫌な相手の身代わりになるなんて、なかなかできることじゃないわ。もし私があなたと同じ立場だったら、たぶん、身代わりになることを受け入れることも、拒否することも決断できずに、ずっと泣いてるだけだと思う」
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