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第4話

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 お父様がそんなことするはずがない!

 ……なんてことは、とても言えなかった。むしろ、ブレアナの言う通りだろう。お父様はもともと、お爺ちゃんとお婆ちゃんを煙たがっていたし、援助を続けているのも世間体のためだけで、何かきっかけがあれば、喜んで二人にお金を送るのをやめるに違いない。

 私は、お爺ちゃんとお婆ちゃんの命を人質に取られたのも同然だった。無意識のうちに、先程までよりさらに強く握りしめられていたこぶしの中で、鈍い痛みを感じる。皮膚に食い込んだ爪が傷をつけたのか、血が小さな雫となって零れ落ちた。

「くすくすくす。わかった? シンシア、あんたは私とお母様の言うことを聞くしかないの。一応言っておくけど、大公様のところから逃げ出そうなんて考えるんじゃないわよ。そんなことしたら、お父様に恥をかかせたって理由で、あんたの爺さん婆さんへの援助は打ち切られるでしょうからね」

 勝ち誇った表情のブレアナ。

 同じく優越感に満ちた表情でグロリアが話を締めくくる。

「その代わり、従順に役目を果たせば、ラルフにずっと援助を続けさせることを約束するわ。あの人は私の言いなりだからね。さあ、分かったらもう寝なさい。明日は早くに大公様のお屋敷からのお迎えが来るわ。睡眠不足の呆けた頭で『自分はシンシアだ』って自己紹介されちゃ困るからね。ちゃんと『ブレアナです』って名乗るのよ」

 私は返事をしなかったが、沈黙を肯定と受け取ったのか、グロリアとブレアナは私を残して部屋を出て行った。誰もいなくなった暗い室内で、私は闇に語り掛けるように、一人呟いた。

「卑怯者たち……! いつか報いを受けさせてやる……!」





 翌日。髪型をブレアナそっくりに変えた身代わりの私は、家の門前で大公家からの迎えが来るのを待っていた。そんな私を見送る者は誰もいない。もっとも、もはや私に何の愛情も持っていない父と、卑劣な後妻、そしてその悪辣な娘に見送ってもらいたいなどとは少しも思っていなかったが。

 負の感情が渦巻く私の心中とは正反対に、空は晴れ晴れとしていた。新しい場所への旅立ちの日としては、これ以上ない天気だろう。

 学校を辞めさせられたのは悲しいし、あのブレアナの身代わりを務めることになるのは悔しいが、大公家で"普通に"働けるのだったら、この快晴が私の心を少しは明るく照らしてくれたかもしれない。しかし、私の気持ちはずっと憂鬱だった。

 そう。私は"普通に"働くメイドとして大公家に行くのではない。昨日ブレアナが詳しく述べていたが、ほとんど人身売買のような形で大公様の所有物になるのだ。……そして、娼婦の真似事をさせられる。

 大公様は若い頃、放蕩三昧の女好きで、中年になってからはそういった振る舞いは控えるようになったが、老齢となった今、若い頃の欲望が再燃したかのように、良家の子女を生贄のごとく差し出させているともっぱらの噂だった。
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